礼金は敷金と異なり返還されないことを前提に賃貸人に交付されます。
 では、礼金を返還をしなければならない場合などあるのでしょうか。
 この点、近時この礼金の一部返還を認める裁判例が出ました。

裁判例:大阪簡判平成23年3月18日

事実

原告(賃借人)は、被告(賃貸人)との間で、平成21年12月23日、
・契約期間  平成21年12月24日から
平成22年12月23日まで
・賃料     月額3万円
・礼金     12万円
の約定で建物2階部分につき賃貸借契約を締結し明け渡した。
平成22年1月末日に解約され、賃借人は建物を明け渡した。

賃借人は、「契約書には礼金の趣旨や内容は明示されていない。礼金の支払は、民法上にない義務を賃借人に負わせるものであり、礼金条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものとして、消費者契約法10条により無効。不当利得として礼金12万円を返還せよ」と提訴。

裁判所の判断

 ①礼金は、賃借人にとっては、他の一時金と同様に、建物を使用収益するために必要とされる経済的負担である。一方、賃貸人は、建物使用収益の対価を、賃料だけではなく礼金等の一時金をも含めた総額をもって算定し、建物賃貸業経営の必要経費に充てているのが通常。
 (名目上返還されない)礼金・権利金・敷引金等は、賃貸人の初年度の所得として扱われている。
 このような礼金の経済的機能に鑑みると、礼金は実質的には賃借人に建物を使用収益させる対価(広義の賃料)である。
 賃料以外の名目で実質的な建物使用の対価(民法上は賃料)を受領することも許されると解されている。また、賃料は前払いも認められており(民法上原則後払い)、多くの場合特約で前払いとされている。
 これらの事情から、礼金の主たる性質は、広義の賃料の前払であるということができるが、その他にもその程度は希薄だが賃借権設定の対価や契約締結の謝礼という性質をも有している。
このように礼金は一定の合理性を有する金銭給付であり、礼金特約を締結すること自体が「民法1条2項に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であるとはいえない。

②礼金金を実質賃料の前払いとする以上、期間経過前に退去した場合は、建物未使用期間に対応する前払賃料を返還するべきであるという結論となるのは当然。

③礼金として支払われた金員を返還しないという合意は、契約期間経過前退去の場合に前払分賃料相当額が返還されないとする部分について、消費者の利益を一方的に害するものとして一部無効(消費者契約法10条)。
 原告は、契約期間1年の賃貸借契約で、1か月と8日間しか本件建物を使用せずに退去しているから、8日間分を1か月と換算したとしても、前払賃料として控除できるのは1万円×2か月分=2万円。そして、副次的には賃借権設定の対価や契約締結の謝礼という趣旨も含まれていることも考慮すると、控除することのできる金額は3万円とするのが相当であり、差額の9万円は返還すべき。

 この裁判例に関しては、礼金が高額(賃料の4か月分)で契約期間(1年)に対し入居期間(2ヶ月)が短い等の特殊な事情があり、事例判決と評価する声もあります。
 確かに、過去に礼金の返還が争われ返還を認めなかった京都地裁平成20年9月30日は、賃料月額6万1千円、賃貸期間1年、礼金18万円であり、礼金は賃料の2.95か月分、実際の入居期間も約7ヶ月と、約定期間に対する入居期間も大阪簡裁の事例ほど短くはありませんでした。

 この京都地裁も、
・賃借人は中途解約の場合でも礼金が返還されないことを承知しながら自ら中途解約したのであり、他方賃貸人は礼金が返還されないことを前提に月々の賃料を設定しているのだから、その期待は尊重されるべき としながらも、
・「礼金の額が他の地域や同じ地域に比べ不当」との賃借人の主張に対し、その不当性についても周辺地域の礼金の平均額との開きの程度に触れるなど、きちんと判断を示しています。

 以上の礼金に関する2つの裁判例を前提にすると、賃料に対し礼金が相場よりも随分高額で、賃借人が約定期間に対しわずかな期間で解約した場合、礼金の返還義務を負うことがありうるといえます。

弁護士 池田実佐子