1 孫正義と業界特性

 経営の世界で、リーダーシップが語られる時、業界特性にとらわれず議論される傾向がありますが、優れたリーダーが誕生する背景には、業界特性があるように思います。

 例えば、ソフト・バンクの孫正義氏。
 彼が優れたリーダーであることに賛同する人は少なくないと思いますが、あのようなリーダーがIT業界で登場したのは偶然でしょうか、それとも必然でしょうか?
 私は必然のような気がします。孫正義氏のような希代のカリスマ的リーダーは、イノベーションが盛んな業界に登場しやすいと思います。

 それが証拠に、私が所属する法曹界…。孫正義氏のようなリーダーはなかなか現れない業界だ思います。
 残念ながら、孫正義氏のような人物は、そもそも弁護士を目指さないのではないでしょか。だから、我々の業界では、あの手のリーダーは出現しにくい…。

2 学者の頭脳と起業家の行動力

 孫正義という人物を一言で定義するならば、「学者の頭脳と起業家の行動力を兼ね備えた男」というのが私の一応の定義です。

 ソフトバンクを一代で巨大グループ企業に成長させたことはみなさん御承知のとおりですが、彼の学生時代・青年実業家時代について、みなさんどのくらいご存知ですか?

 まず、彼は高校1年のときに中退し、単身渡米。アメリカの高校に編入するのですが、数週間で卒業し、17歳で大学生になっています。
 頭もいい上に、行動力も尋常ではないと思います。
 そして、大学生の時に、毎日ひとつずつ発明するというノルマを自分に課して、「発明ノート」に記していきます。生涯で何か1つ発明するだけでもすごいのに、毎日発明するというノルマを課したんですよ。これけっこう有名なエピソードです。こんな大学生、周りにいましたか?ところで、発明という「ノルマ」を課すなんて、優秀なマネジメント能力の片鱗をのぞかせています。古今東西の偉大な発明家でも、ノルマは課していないと思います。
 しかも、彼は、大学生のときに、自分が発明した製品の試作品をシャープに1億円で売りつけているんです。1億円という金額もすごいけど、シャープが相手というのもすごいです。

 こんな優秀な頭脳と行動力を兼ね備えた人が成功しないはずはありませんよね。

 私は、彼が学者になったら、一流の学者になっていると思います。なぜならば、東大教授でさえ、ほとんどの学者が二流ないし三流だからです。
 日本の学者のほとんどが、既存の学問に精通しているという、いわば博識な人たちです。
 でも、どんなに博識でも学問の発展には貢献できません。学問の発展に貢献するためには、「創造」が必要不可欠だからです。下手な東大教授より、彼のほうが創造的です。
 しかし、彼の卓越した行動力は、学者にしておくにはもったいない…。やっぱり起業家になるべくしてなった人だと思います。

 ソフトバンク設立後の彼の業績もすごいですよ。
 初年度の売り上げで、20億円に及んでいますから。大学を卒業して日本に帰国し、ソフトバンクを設立。そして、たった1年で20億円です。

3 豆腐の経営

 彼の経営理念である「豆腐の経営」って知っていますか?
 豆腐って、1ちょう、2ちょうと数えますよね。
 豆腐と同じように、「会社の売上も1兆(ちょう)、2兆(ちょう)と数えたい」というのが彼の経営理念なんです。

 正直、これを「経営理念」と呼ぶことにはいささか躊躇します。金儲けが全てであるかのような考え方にもあまり賛同できません。
 ただ、この「豆腐の経営」から確実に言えること。それは何かというと、孫正義という人物が、すさまじくスケールの大きい人物であることを物語っていることです。また、ウエットのきいた言葉遊びも個人的には好きです。

 こんなライバルが、法曹界にいなくて本当によかったと思います。
 私も孫正義氏と比べれば、間違いなく三流経営者ですが、「三流経営者、法曹界なら一流経営者」というのが私の持論です。
 つくづく私の所属する業界が法曹界で本当によかったと思います。