遺言書の破棄、撤回、変更はどのような状態でいえるのか

 遺言書は重大な効力を有する書面ですし、遺言書が効力を発揮する時点では遺言者は死亡しているため、遺言書の解釈は困難な場合があります。民法では遺言書の破棄(1024条)、撤回(1022条)、変更(968条2項)について極めて厳格なルールが定められています。

 地方裁判所と高等裁判所は、遺言書の破棄は遺言書の存在と内容を証明できなくなる行為であるからこそ遺言者が遺言書を妥当させない意思が推定されるという理解を基礎として、本件のように遺言書の文面全体に斜線を引いたとしても元の文字を判読できるのであれば「破棄」(1024条)とは評価できないと判示しました。
 これに対し、最高裁判所は、赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為の有する「一般的な意味」を重視して、遺言者が「遺言の全ての効力を失わせる意思の表れ」と見ることができるから、本件の行為を「破棄」(1024条)と評価できると判示したと考えられます。

 本件の判例を以上のとおり理解するのであれば、仮に遺言書の「一部」に斜線を引いた場合には「破棄」(1024条)には該当しませんし、「変更」(968条2項)の方式を具備していないため、遺言書の内容を変更する法的効力は発生しないと考えられます。

 また、本件では遺言書が金庫から発見されており、遺言者が故意に斜線を引いたことが容易に認定可能な事案であったため、この点に関する争いは深刻になりませんでしたが、一般的な事案では誰が斜線を引いたかという点が深刻な争点になる可能性があります。遺言書を誰が書いたかという問題については筆跡鑑定(証明力は必ずしも高くないですが)を利用することも出来ますが、誰が斜線を引いたかという問題の場合には筆跡鑑定の利用は難しいため、斜線を引いた人物の認定は極めて困難になると思われます。当職としては、遺言者だけが遺言書に触れることができたと言える特殊な場合でなければ、遺言者が斜線を引いたという前提で安易に訴訟提起することについては慎重に判断するべきであると考えます。

 いずれにせよ、遺言書の「破棄」(1024条)に関する新しい判例の影響については未確定な部分が多く、具体的な事案における方針決定は極めて困難です。遺言書について何か問題が生じた場合にはお気軽に弊所までご相談下さい。