4 気になった点について

 補足意見や大橋意見で言及されているとおり、対数意見の見解を前提とした運用を想像すると、これまでのように預貯金債権を可分債権ととらえて各自で、時には訴訟提起をすることで、預貯金の払い戻しをすることができなくなります。被相続人の死亡、すなわち、相続開始時以降しばらくは、預貯金債権を動かせない事態が多くなると思われます。
 そのため、被相続人の生前になるべく多くの預貯金を引き出しておいた方が良い、といった助言はこれまでにも存在していたと思いますが、今後さらに強調されそうな気がしております。

 大谷、小貫、山崎、小池及び木澤補足意見で、暫定的な取り扱いとして、保全処分の活用が指摘されており、法改正の議論でも同様の指摘がなされておりますが、実務上は定着していないため、どの程度のスピードで処理できるのか未知数です。
 遺産分割の審判を本案と見立てていることが前提となりますので、調停や審判の申立てを既にしていることが前提となり、部分的な救済措置にとどまるのか、逆に調停や審判の申立て積極的にしていくべき、という助言が強くなる可能性があります。
 他方で、調停や審判によらず、また、全体の遺産分割協議が整う前の段階で、一部分割や中間合意的な位置づけで共同相続人間の合意を成立させた場合に、金融機関に預貯金の払い戻しを許容してもらう運用は考えられるのか、当職の稚拙な疑問ですが、実務上の運用が形成されていくのを見ていくしかないのかと思っています。

 可分債権として位置付けて共同相続人が各自で金融機関に対して預貯金の払い戻しを求めることができなく結果として、以前に存在した金融機関が預貯金の払い戻しに協力しなかったことに対する損害賠償請求の論点は事例が限定的になるのかと思われます。

 預貯金債権以外の可分債権の扱いについては、補足意見等でも考え方を裁判官によって異にしているところがあるので、今のところは原則論に従って相続開始時に相続分に応じて当然に分割されることになりますが、遺産分割全体(協議、調停又は審判)でどのように整理されていくのかについては、法改正を含めた議論になるのかもしれず、勉強すべき論点が多い判例であったと感じております。

 今回もお付き合いいただきありがとうございました。