3 理由付けについて

⑴ 多数意見について

 最高裁は、預貯金債権について預金者と金融機関との間で成立した消費寄託契約における一個の預貯金債権ととらえ、新たに入金されても口座に既存の預貯金債権と合算されて一個のままであると把握します。この関係は預金者である被相続人が亡くなっても変わらず、解約しない限り金額は変動し続けるから、共同相続人が一個の預貯金債権を準共有していると考えられる以上、解約しないと確定的な金額は決まらない、という理屈を挟み、相続開始により当然に分割されない理由付けとしました。

 定期貯金債権については、預入期間内には解約しないことは利子が高く設定されている定期貯金契約の要素であると捉え、相続の開始と共に当然に分割されると解すると、利子を含めた債権額の計算が必要となり、定期貯金事務の定型化、簡素化の趣旨に反するとし、解約の制限の存在から単独での行使の余地はなく、当然分割を前提とする意義は乏しいと理由付けました。

⑵ 補足意見及び意見について

ア 岡部補足意見

 前半部分では、民法264条の特則として民法427条が存在することを適示して、数人の共同相続人がいる場合には別段の意思表示が無ければ分割債権となることが原則であることを確認しつつ、「分割を阻害する要因」があれば準共有状態が存続する可能性があると、多数意見をまさに補足する説明がなされました。
 後半部分では、多数意見の結論は預貯金債権について共同相続が発生した場合に限って認められるとしつつ、当然に分割される可分債権はなおも各種存在すると考えており、可分債権は相続により当然分割されるものの、分割された可分債権の額を含めた遺産総額と具体的相続分とを算定すべきだから、預貯金債権が別の可分債権に姿を変える場合にも上記と同様の算出をすべきとの考え方を示しました。

イ 大谷、小貫、山崎、小池及び木澤補足意見

 多数意見によって、今後、遺産分割の対象となる預貯金債権については遺産分割がなされるまでは共同相続人間で共同して行使しなければならず、被相続人の債務の弁済や扶養を受けていた共同相続人の生活費を引き出す等の場面で支障が生じやすくなると危惧しており、遺産分割の審判を本案事件とし、その保全処分として特定の預貯金債権を共同相続人仮に取得させる仮処分の活用があってもいいのではないかと指摘しています。

ウ 鬼丸補足意見

 相続開始時の預貯金の残高相当部分のみならず、その余の部分も遺産分割の対象となるとの解釈を示す一方で、相続開始後に被相続人名義の預金口座に、代償財産や可分債権の行使によって得られる弁済金等が加算された場合に、具体的相続分の算定に際してどのような評価の仕方をとるべきか、実務上の運用を含めて考えるべき課題があることを指摘しました。

エ 木内補足意見

 これまで預貯金債権を一般的な可分債権としての取り扱いをしていたことから、今回の判例変更に至った理由付けとして、債権については、その有無、額面額及び実価(評価額)について一般的に評価が困難だという前提に立ち、債権を広く遺産分割の対象にしようとすると、実価の評価が困難であるがゆえに具体的相続分の算出ができず審判が出せないという問題があると指摘しました。
 その一方で、預貯金債権については支払いの確実性、現金化の簡易性等から預金の額面額をもって実価と評価できるから、その他の可分債権と違って、遺産分割の対象としても差し支えないと説明して、多数意見の理由づけを補足しています。

オ 大橋意見

 可分債権を含めた全遺産を基礎として各自の具体的相続分を算定し、これから当然に分割されて各自が取得した可分債権の額を控除した金額に応じてその余の遺産を分割し、過不足は代償金で調整する見解を唱えられております。
 これまでのように可分債権を遺産分割において一切考慮しない見解を採用すると、共同相続人の一人が生前に預貯金債権の払い戻しを無断で受けた場合には、被相続人が有していた不当利得返還請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権といった可分債権を取得することとなり、遺産分割の対象外となって具体的相続分に応じた分配ができないことを問題視しています。
 また、預貯金債権や定期貯金債権を準共有債権とすることについて、被相続人の生前に扶養を受けていた共同相続人が預貯金の払い戻しを受けられない、被相続人の入院費用や相続制の支払に窮する事態が生じることを懸念しており、預貯金債権を遺産分割の対象と含める多数意見の理論構成について異を唱えています。