少し前、東京高裁が「枕営業」について違法性を認めない判決を下したと話題になりました(判例タイムズ1411号312頁)。
 クラブで働く女性が配偶者のいる男性との間で性的な関係を持ったにもかかわらず、奥さんとの関係で不法行為を構成しない(損害賠償義務がない)との結論が出されたとして、マスコミでも取り上げられていたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

 この判決の当否はさておき、不貞の相手方に対する損害賠償請求が認められるのかについては、従来より大きな議論があります。
 不貞行為があったときに、これを行った配偶者と相手方とが共同不法行為者として損害賠償責任を負うというのは我が国では確定的な判例ですが、諸外国の法令に照らすと、これはむしろ例外的です。

 英国では、著名な法改正(Law Reform (Miscellaneous Provisions) Act 1970 (c.33))により、不貞の相手方への損害賠償請求は明文で禁止され(s.4; “no person shall be titled to petition any court for, or include in a petition a claim for, damages from any other person on the ground for adultery..”)、現在まで引き継がれています(Matrimorical Causes Act 1973 (c.18), s54(1), Sch.3, instead Statue Law (Repeals) Act 1977 (c.18), Sch. Pt. VII etc.)

 米国では州によって賠償請求訴訟の可否が分かれていますし(州法でAlienation of Affectionの制度を援用している州は、2009年度時点でUtahやIllinoiなど7つにとどまります)、フランスでは、民法が損害賠償に関する規定を置いていますが(article 1382 du code civil francais; “Tout fait quelconque de l’homme, qui cause à autrui un dommage, oblige celui par la faute duquel il est arrivé à le réparer.”, et article 1383; “Chacun est responsable du dommage qu’il a causé non seulement par son fait, mais encore par sa négligence ou par son imprudence.”)、実務的にこれを根拠として訴訟が提起される例は稀であるようです。

 これらの違いについて、それぞれの国の文化的背景にまで思いを致すとなかなか面白いものがありますが、共通しているのは、「不貞行為があったとしても、それについて第一次的に責任を負うべきなのは配偶者である」「相手方当事者に対する不貞慰謝料請求は、相手方への威迫・脅迫的行為であり、また夫婦間の恥部を晒すものである」という考え方でしょう。

 我が国では前述のとおり不貞相手方への賠償請求が法律実務上は公然と認められていますから、夫婦間で不倫が発覚したときに、相手方に対して金銭請求を行うことが正当な権利行使であることは事実です。

 しかし、この根拠となる判決は、法律上の婚姻関係が法的に保護されるべき権利状態であることを前提として、その平穏を脅かし、あるいは崩壊せしめたことを賠償請求認容の根拠としています。
 婚外で一回こっきり肉体関係を持ったとの事情があったとして、夫婦関係に何ら支障が生じていないような場合に、その偶然性ある事実関係に基づいて何百万円もの請求を相手方当事者に行うことが必ずしも正当化できない(裁判所に持っていっても請求が認められない可能性がある)ことは、家事絡みの案件を取り扱う弁護士としても十分に注意しておかなければならないことだと思います。