仮定事案

 X市立中学校に通う中学1年生のA君は野球部に入ったばかりです。顧問の先生は生徒の自主性を重んじる方で、練習に立ち会うことも多くはありませんでした。
その日、A君は元気にフリーバッティング練習に参加し、ピッチングマシーンの周辺でボールを拾い集めていました。
 その時です、鋭い打球が突然A君の目に直撃しました。A君はすぐに病院に行き、治療を受け、失明には至りませんでしたが、硬膜萎縮の障害を負ってしまいました。
 A君の両親は、A君の法定代理人(民法818条、824条)として、X市に損害賠償請求をしたいと考えていますが、当該請求は認められるでしょうか。

X市が責任を負う場合とは

 国家賠償法1条1項は、「国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と定めています。
 X市立中学校の野球部の顧問教師は、「公共団体の公権力の行使に当たる公務員」に当たるので、 「その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたとき」に該当するのであれば、X市は損害賠償義務を負うことになります。

横浜地方裁判所平成25年9月6日判決の判断

 本件仮定事案と類似の事案につき、横浜地裁は平成25年9月6日に以下のような判断をして、顧問教諭の安全配慮義務違反を認め、X市に対し、1949万4786円(及び遅延損害金)の支払いを命じました(ただし、生徒自身にも不注意があったとして、過失相殺により30パーセント減額しております)。

判旨概要

⑴ 顧問教諭らは,野球部の活動について生徒の安全を確保し,事故の発生を未然に防ぐべき一般的注意義務があるというべきである。

⑵ 野球の練習の中でもフリーバッティング練習は,生命身体に対する危険の生じる可能性が高い練習であって,特にバッターの正面の近距離に位置するボール係は,極めて高い危険に晒されることになるから,顧問教諭らとしては,フリーバッティング練習において適切な位置に本件各ネットを設置しなければ,バッターの打球によってボール係の生命身体が害されるおそれがあることを容易に予見し得たといえる。

⑶ 顧問教諭らには,フリーバッティング練習において,ネットがボール係を打球から保護する位置に確実に設置されていることを同練習に参加して自ら又は他に野球の練習における安全指導の知識を有する教員に指示して確認するか,さもなければ同練習においては必ずネットが上記位置に設置され,ボール係がネットから出ることなく保護されている状態を維持するよう,本件野球部の部員らに対し,徹底した指導を行うべき注意義務があったといえる。

⑷ しかし,顧問教諭らは,本件フリーバッティング練習に参加しておらず,本件フリーバッティング練習時にネットが部員らを打球から保護する位置に設置されていることを直接確認せず,他の教員に確認させることもなかった

⑸ 顧問教諭らが,部員生徒らに対し,フリーバッティング練習におけるボール係等の生命身体の侵害の高度な危険性を理解させるに十分な理解を得させる指導を行っていたとは到底認められない

⑹ そうであれば,本件顧問教諭らの指導によって,フリーバッティング練習において必ずネットを適切な位置に設置し,また,ボール係がネットで保護されるよう,同ネットから出ることのないよう,指導することが徹底されていたとはいえない

⑺ よって,本件顧問教諭らには,本件野球部の活動について部員らの安全を確保し,事故の発生を未然に防ぐべき義務に違反した過失が認められる。

⑻ 原告は、❶以前に野球の練習中にボールを眼に当てて怪我をした経験を有しており,野球はボールが高速で身体に衝突することがあって危険が高いスポーツであることを知っていたこと,❷フリーバッティング練習を開始する旨の合図を聞いており、フリーバッティング練習がまさに開始されたことを知っていたにもかかわらず,ピッチングマシーン周辺のボールを拾うことを継続したこと,❸ボールを拾う際に打球を注視していなかったこと,❹側方ネットを設置しなければいけないことを知っており,本件ピッチングマシーン周辺から側方ネットの設置の有無を確認することが容易であったにもかかわらず,本件フリーバッティング練習においては側方ネットが設置されていなかったことに気付かなかったこと、等の事情が認められるのであって,原告の上記各行為が本件事故の発生に少なからず寄与しているのは明らかである。そうであれば,本件顧問教諭らの上記過失の程度と比較し,本件損害のうち30%を過失相殺すべきである。

 このように、横浜地方裁判所平成25年9月6日判決は、部活動が、生徒の自主性を重んじるべき活動であることを前提としつつも、❶顧問教諭らが、部活動で生徒の安全を確保すべき一般的注意義務を負っており、❷顧問教諭らは、フリーバッティング練習でネットを適切に設置しなければ、ボール係がけがをするおそれがあることが容易に予見でき、❸顧問教諭らには、ネットが適切に設置され、ボール係がネットから出ることのないよう、部員らに徹底した指導を行うべき具体的注意義務があったとしたうえで、顧問教諭らがこれまでに一定の安全指導をしたことがあったことは評価しつつも、❹顧問教諭らが朝練習に稀にしか出席せず、放課後の練習にも不定期に出席するのみで、部員らに対し定期的かつ計画的にフリーバテッィング練習における安全上の注意喚起をしてこなかったこと、❺顧問教諭らに代わり指導監督するキャプテン等の責任者の指定もしていなかったこと、等の事情を考慮して、顧問教諭らが「部員らに対し、フリーバッティング練習におけるボール係等の生命身体の侵害の危険性について、その高度な危険性を理解させるに十分な」指導を行っていたとは到底認められない、と判断しました。

 部活動という生徒の自主性を重んじる活動である以上、顧問教諭が四六時中立ち会うことまでは要求しませんが、重大な結果が発生しうる危険な練習が行われるならば、顧問教諭としては必要な安全指導、安全対策を徹底しておくべきだったという判断でしょう。
 同時に、上記判決は、生徒自身も、行為の危険性を理解していた以上は、自分の身を守るために一定の注意を払うべきであったと判断したといえます。

 部活動等や課外授業等で事故に遭われた場合、学校側の監督体制に大きな問題があったという場合もございます。泣き寝入りされることなく、毅然と権利を主張して参りましょう。お悩みの方は是非ご相談ください。