前回は、介護事故発生後における対応について、裁判例をもとに紹介いたしましたが、今回は、介護事故発生前のいわゆる予防的な対策について、裁判例をもとに検討していきたいと思います。

 まず、福岡高裁において平成19年1月25日に判決が下された事案で、施設の債務不履行責任が否定されています。事案の概要は、以下のとおりです。

 特別養護老人ホームにおいて、88歳のほぼ全盲の老人性痴呆の症状があり、徘徊癖のある入居者がおり、施設としては、意思疎通はとれていたので昼間は目が行き届くような位置に座らせ、立ちあがろうとしたときには声をかけるなどして徘徊及び転倒防止に努めていました。職員が食事の準備のために目を離したところ、別の職員が当該入居者を別の場所で発見し、痛みを訴えていたので転倒したと判断し、医師の判断を仰いだうえで、翌日、病院の診察を受けました。結果は大腿骨等の骨折が生じており、その後症状が良くなることはなく、死亡しました。

 次に、福島地裁白河支部において平成15年6月3日に判決が下された事案では、施設の責任が認められています。

 事案としては、入居者の方が、ポータブルトイレの中の排泄物を捨てるために、職員しか行かないはずの施設内の汚物処理場へ赴いた際、施設内にある仕切りに足を引っ掛けて転倒したという事案です。入居者の方が、排泄物を自ら処理しようとしたのは、施設における業務マニュアルどおりにポータブルトイレの洗浄が行われていなかったからでした。

 福岡高裁の事案では、介護保険法の配置基準を超えるような人員配置をすることが契約の内容となっていないことを前提に、可能な限りの見守りや声かけを行っていたことにより契約上果たすべき義務を果たしていたものと判断され、債務不陸責任が否定されましたが、福島地裁の事案においては、業務マニュアルに記載された業務を行っていないことが契約違反(債務不履行)と判断されています。

 裁判例においては、入居者との間の契約でどのような債務を負担していたかという点から施設の責任を判断することになるため、契約締結の場面において、提供可能なサービスと提供不可能な場合はその理由をしっかりと理解してもらうことが重要と考えられます。