※以下の会話は架空のもので、実在の人物等とは一切関係がありません。

事務員A「写真や動画に、何か余分なものが写ってしまうことってありますよね。」

太田「心霊写真? ストリーキング??」

事務員A「結婚前の女性がオカルトや下ネタ方向に走るとロクなことがありませんよ! 例えばたまたま展示してあった彫刻が画像や動画にうつりこんだら、やっぱり彫刻をつくった彫刻家の著作権を侵害したことになるんでしょうか。」

太田「おおおおお! Aさん、たまにはいいことに気がつきますね。」

事務員A「たまには、って。この間も先生の書類の誤字を見つけてあげたのに。それはともかく、私はこの問題に気がついてから夜も眠れないんです。プライベートでブログをやってるんですけど、外で撮った画像をアップできなくなってしまうのだろうか、とか。似たようなことで企業の法務部の人も悩んでると思うんです。」

太田「なるほどね。Aさんの疑問、実は結構タイムリーなんですよ。」

事務員A「そうなんですか?」

太田「他人の著作物がたまたま背景に写り込んだ写真や映像を個人のサイトで公開する場合なんかは著作権侵害としないという著作権法改正案が近いうちに通常国会に提出されるそうです。」

事務員A「え~と。私のブログの場合はそれでいいかもしれないですけど、企業の広告なんかは改正案の範囲外ということですよね。『個人のサイト』ってありますから。」

太田「・・・(汗)。しかし! そもそも改正しなくても写り込みって著作権侵害だろうか?」

事務員A「何か判例でもあるんですか??」

太田「ええ。まずは著作権法の条文を先に見てみましょう。」

第46条 美術の著作物でその原作品が前条第2項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。

① 彫刻を増製し、又はその増製物の譲渡により公衆に提供する場合
② 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
③ 前条第2項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合
④ 専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合

太田「なお、『前条第2項に規定する屋外の場所』ってどこだろう、という話になりますが、45条を見ると、『街路、公園その他一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所』であることが分かります。」

事務員A「ふうん。じゃあ、公園の彫刻がたまたま写り込んでしまった、というレベルでは著作権侵害にならないんですね。」

太田「そう。彫刻もそうだし、ビルの外壁に巨大ポスターが貼られていてそれがたまたま写ってしまったなんていうのもね。」

事務員A「じゃあ、この話終わりですね。今夜からぐっすり眠れます♪」

太田「いやいや、微妙なケースもありますよ? 近年『痛車』というものがあって・・・。」

事務員A「自動車にイラストが描いてあるあれですね。たしかに『屋外の場所に恒常的に設置されている』ものではありません。」

太田「もし、『痛車』が企業のパンフやAさんのブログ画像に写り込んだら?」

事務員A「いや~! また眠れなくなりそう!!!」

太田「で、判例がありまして。判例の事案は写り込みと違うし、『痛車』ではなくて車体に絵の描いてある市営バスなんですけど。結論から言いますと、市営バスに描いてある絵も『屋外の場所に恒常的に設置されているもの』だそうです(東京地裁H13.5.8判決)。」

事務員A「条文から考えるとちょっと無理やりな気もしますが、結論としては納得できます。」

太田「ただし、市営バスは日中決められたコースを走り回ってる、ということもあって『屋外の場所に恒常的に設置されているもの』に該当すると判断しているようで。バス以外にも、電車や航空機のラッピング広告はこの判例の射程範囲かと思うけど、個人の自動車だったらどうか。日中外にあるとは限らない。たまにしか運転されない車かもしれないし。」

事務員A「そうですよね・・・。」

太田「個人的には、非侵害行為だと判断されるべきだと思うけどね。現行の条文だけではカバーしきれない部分があるので、近々改正案が出されるんじゃないかな。」

事務員A「現行法が欠陥だらけということですか?」

太田「そう言わざるを得ません。アメリカの著作権法ではフェアユースの規定があって、ですね。他の弁護士もこのブログにフェアユースについては書いてあるので簡単にいうと、公正な利用(フェアユース)に該当すると評価されれば、その利用行為は著作権の侵害にあたらないとするものです。日本法のように、個別に侵害に当たらない利用行為を挙げるのではなくて、包括的な規定がアメリカ法にはあるわけです。」

事務員A「なぜ日本ではそういう条文を設けようとしないのでしょう?」

太田「ここからは立法政策論になってしまうんで端折るけど、何度もフェアユースの規定を設けようという議論はあったようです。ただ、ここからは私の想像なんですけど、著作権者の声が大きいんじゃないですかね。」

事務員A「ははあ、立法政策論というよりは、本当に政治の話ですね。」

太田「そうそう。あと、フェアユースみたいな包括的な条文を入れると、具体的にどのような場合に著作権者の権利が制限されるのか不明確になるという問題点もあります。」

事務員A「不明確だと結局裁判しないと決着がつかないので、訴訟が増えますね。」

太田「アメリカのような訴訟社会であれば問題がないんでしょうけど、日本にはなじまないんじゃないか、ということですね。ちなみに今回の改正案では、権利侵害に当たらないケースとして①写真などへの偶然の写り込み、②漫画のキャラクターを商品化する際の社内企画書にキャラクター画像を掲載すること、③技術開発用のサンプルとして音声や映像ソフトを複製すること等を非侵害行為として明示するようです。」

事務員A「どれも常識的に考えれば非侵害行為とすべきだと思うし、②・③なんか当然に今まで会社の中でやってませんか?」

太田「まあやってるだろうねえ。いちいち『複製権侵害かしら?』なんて気にしてたら仕事になりません。」

事務員A「いちいち気にしなくて済む方法はあるでしょうか。」

太田「う~ん、正直なことをいうと気にした方がいいかどうかの判断基準が頭に浮かばないわけではないんですけど。でもそれはここに書けないなあ。」

事務員A「先生が書けないというなら書けないんですね(笑)。」

太田「ちなみに、アメリカのフェアユースの判断基準は①抜粋の性質と目的、②利用された部分の量と価値、③原作品の売り上げの阻害、利益の減少、または目的の無意味化の度合いだそうです。参考までに。」

事務員A「結論としては、条文上・判例上写り込みが認められる場合もある、と。」

太田「今のところはそういうことですね。改正法でどういうことになるか分かりませんが、改正の動きは写り込み以外の点もあわせてチェックしておいたほうがよさそうです。」

弁護士 太田香清