1.はじめに

 弁護士の平久です。今回は、支払停止後に破産債権者が預金返還債務を負った場合に、預金返還債務を受働債権とする相殺の可否が問題となった判例(最高裁昭和60年2月26日第三小法廷判決金法1094号38頁)についてご紹介致します。

2.事案の概要

B保険会社(①解約返戻金振込み)
 ↓
A(②破産管財人Xによる預金払戻請求)
 ↓
Y信用金庫(③相殺主張)

 Y信用金庫はAに対し融資をしていたが、Aは約束手形の不渡りを出し、その後破産手続開始決定を受けた。
 ところで、AはB保険会社との間で損害保険契約を締結していたが、これを支払停止後に解約したため、解約返戻金が発生した。Bは、この解約返戻金をAがYに開設していた普通預金口座に振り込んだ。
 そこで、Aの破産管財人Xが、Yに対し、上記預金の払い戻しを請求した。これに対してYは、Aに対する貸付金債権等と、上記普通預金返還債務とを相殺する旨主張した。

3.問題点

 破産法71条1項3号は、支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたときには、破産債権者は原則として相殺をすることができない旨規定しています。
 ただし、同条2項2号は、債務の負担が支払の停止があったことを破産債権者が知った時より「前に生じた原因」に基づく場合には例外的に相殺を可能とする旨規定しています。
 そこで本件では、Y信用金庫とAとの間で締結された普通預金契約がこの「前に生じた原因」に当たるか否かが問題となりました。

4.判決の要旨

 本件預金債務はYが破産者Aの支払停止の事実を知った時より前に生じた原因に基づいて負担したものとはいえず、したがって本件相殺は破産法104条2号本文(現行法71条1項2号~4号)によりその効力を生じないとした原審の判断は、正当として是認することができる。

5.本判決を踏まえて

 破産法71条2項2号の「前に生じた原因」については、具体的な相殺期待を生じさせる程度に直接的なものでなければならないとされています。というのは、同条2項で相殺が例外的に許されるのは、同条1項の相殺禁止の要件が充足される時期以前に破産債権者が保護に値する正当な相殺に対する期待を有していると認められるからです。
 本判決によれば、金融機関と破産者との間の普通預金契約はこれに当たらないことになります。Y信用金庫のような金融機関が振込により預金返還債務を負担することは偶然に過ぎないからです。
 では、「前に生じた原因」として相殺が認められるのはどのような場合でしょうか。金融機関が破産者の支払停止等について悪意になる前に、金融機関と破産者及び第三者との間で、第三者が破産者への支払を金融機関の特定の口座への振込み以外の方法で行わない旨の合意をすることを振込指定と言いますが、このような振込指定については「前に生じた原因」として認められた裁判例があります(名古屋高判昭和58年3月31日判時1077号79頁)。同様に、破産者が特定の債権者に第三者からの破産者に対する弁済について代理権を与え、これを撤回しない旨を合意し、さらに破産者に支払義務を負う第三者もこれを承認するという代理受領についても「前に生じた原因」として認められた裁判例があります(横浜地判昭和35年12月22日判タ122号18頁)

弁護士 平久真