今回は、賃料の不払いを理由に無催告で解除をすることができる、という特約が有効とされ、賃貸人からする賃貸借契約の解除が認められたという事例について、ご紹介と分析をしたいと思います。

【最高裁昭和40年7月2日判決】

 本件の事案は、おおよそ以下のようです。

 Aは、昭和21年2月25日、その所有する本件土地を普通建物所有目的でBに賃貸したが、その際、「賃借人において賃料の支払いを延滞したときは、賃貸人は通知催告を要せず直ちに賃貸借契約を解除することができる」旨の特約(本件特約)がされました。
 Bは昭和21年6月5日死亡し、家督相続によりCが賃借権を承継したが、さらにこれをY(以下「被告」という)が譲り受け、同年7月ころ、Aはこの賃借権の承継を承諾した。被告は、本件土地上に本件建物を建築所有している。Aは昭和28年5月8日死亡したので、X(以下「原告」といいます)が本件土地を相続し、被告に対する賃貸人たる地位を承継した。
 本件土地の賃料は、数次の改訂により月額6000円になっていましたが、被告が昭和33年12月分より昭和34年3月分までの賃料合計2万4000円を遅滞したので、原告は同年4月17日被告に到達した書面をもって、催告をすることなく、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしました。なお、被告は、昭和27年以来、つねに賃料を遅延し、はじめの頃は1,2ヶ月分、後には4,5ヶ月分に達するとこれをとりまとめて原告に支払ってきたが、そのような方法が解除通知まで約7年続いてきた。
 原告は、被告に対し、本件建物の収去による本件土地の明け渡し及び未払賃料等の支払いを求めた。

 本事案では、賃貸借契約の特約として定められた「賃料不払いの場合に、賃貸人は無催告で契約を解除することができる」という特約の有効性が大きな争点となりました。

 最高裁判例は、この特約の有効性について、「借地法11条の規定は、土地賃借人の義務違反である賃料不払いの行為をも保護する趣旨ではない。したがって、土地賃借人に賃料の不払いがあった場合には、賃貸人は催告を要さず賃貸借契約を解除できる旨の特約は、同条に該当せず、有効である。
 (注:借地法11条とは、現行の借地借家法でいうと9条にあたり、借地借家法の規定に反する契約条項で借地権者(この場合の被告)に不利なものは無効とするという趣旨の条項です。借地人の方だけ一方的に有利に扱うという趣旨のこの条項は「片面的強行規定」と呼ばれることもあります)

 本件の最高裁判決によれば、賃料不払いの場合には、賃貸人は、賃借人に未払い賃料の支払いを請求することなく(「催告」することなく)、直ちに解除の意思表示をして賃貸不動産の立ち退きを請求できると契約に定めれば、その契約条項は有効であるということになります。
 したがって、不動産のオーナー様で、賃借人の賃料不払いがあったらすぐにでも退去を求めたいという場合には、上記の趣旨の条項をあらかじめ賃貸借契約書の中に定めておくことも考えられるでしょう。
 ただし、そもそも、賃貸借契約はある程度期間が継続することが前提となっている契約ですので、「少しでも賃料の支払いが滞ったらすぐに退去を求め、新たな賃借人を募る(そして、新たな賃借人から敷金・礼金等を徴収する)」ことは、賃貸人の経済的利益という観点からは合理的なのかもしれませんが、このような意図が裁判所に認定されてしまうと、賃貸人側が「悪人」となってしまい、結論として明け渡しが否定されてしまうおそれがあります。(この点、上記最高裁判決の事例では、賃借人の賃料の遅滞が半ば常習化していたものであり、賃貸人からの解除もやむを得ない事例とみられたことにも注目です)
 したがって、仮に無催告解除条項を賃貸借契約書に定めていたとしても、いざ明け渡しを前提に賃借人と向き合う場合には、できれば催告もしておいた方が安全です(賃料を支払うべきこと、支払わなければ解除することを警告した書面一本送ればいいだけですから、それほどご負担でもないかと思います)。少なくとも賃料の遅滞が1回目であれば、まずは催告による賃料の支払い請求を試みられるのが、賃貸人のあるべき行為規範かと思われます。

弁護士 吉村亮子