今回も、前回に引き続き、建物賃貸借契約の解約申し入れ・建物明渡請求について「正当事由がない」(明け渡しは認められない)とされた事例について概観・分析したいと思います。

【東京地方裁判所平成17年1月21日判決】

 本件の事案は、概要以下のようです。

 本件の原告らは本件土地の地主であり、借地契約の期間満了に伴って、本件土地の更新を拒絶しました。被告らは、本件土地上を賃借し、本件土地上にマンションを建てて、賃料収入を得ていました。(原告らの祖父であるAは、過去にマンションの建築を認めた経緯があると認定されました)
 (なお、本件では、賃貸借契約の期間満了についても争点となりましたが、これについて判決は、本来の契約期間は満了したこと、ただし被告が本件土地を使用継続していること、この使用継続については原告の遅滞なき異議があったと認められる、と判示しています。ただし、この論点については、明渡請求についての正当事由の判断の前提問題といえるので、本稿では詳細について論じないこととします)
 原告X1は、平成15年3月に日本大学医学部を卒業した医師であり、本件土地上で開業する計画、及びそれに伴って居宅を構える必要がある(自己使用の必要性)として、明け渡しに際して正当事由を主張しました。
 被告らは、本件マンションの建築は原告らの祖父の了解を得ているものであることなどを主張して、正当事由を争いました。

 判決は、概要以下のとおり判断して、原告には明け渡しを請求するにつき正当事由がないとしました。

① 原告らが主張する「本件土地上での精神病院の開設計画には、現実性・切迫性が極めて乏しいと言わざるを得」ないので、正当事由の判断においてこの点を考慮に入れることはできない。
② 本件土地の利用状況を見ても、(本件土地の上に立っている)本件マンションが老朽化していると認めるだけの証拠はないため、改築の必要性は認められない。また、(本件では、前の賃貸人が本件マンション建設を認めていたため、本件マンションに居住する人々の事情を考慮することが可能であるところ)、本件マンションには判決時現在で12世帯36人が居住しており、これが収去された場合の影響は甚大である。
③ 原告らは、被告らが契約面積よりも広い面積を借り、払うべき地代を不当に利得していたと主張するが、賃貸するに当たり面積を把握して地代を決定できるのは原告である上、本件では、昭和62年の分筆登記により、本件土地が一筆の土地として形成されているのだから、少なくとも正当事由の判断に当たり、これを地主側に有利な事情としては考慮できない。
④ 建蔽率違反の主張についても、建物面積を契約面積でなく登記簿上の面積を基準とすれば、60パーセントの建蔽率に違反することにはならない。
⑤ 原告らは、昭和46年契約当時に普通建物から堅固建物へ条件を変更した際、しかるべき条件変更の文書の交付、地代の変更、財産上の給付がないと主張するが、借地条件の変更には当然にそのようなものが要求されているとはいえず、財産上の給付については、前記のように、昭和46年契約の日に書換料等の名目で金銭が支払われている。

本件では、原告の一人が本件土地上に医院兼居宅を建築する必要性が、本件土地上に建築されているマンションの住民の利益と考量された上で、明渡しの正当事由として認められませんでした。判決の価値判断には、マンションの住民の居住の利益のほうを(人権上ないし人道上)重視すべきというものがあるようにも窺えます。ただ、もう一つ指摘すべきなのが、原告本人の尋問が(およそ3ヶ月も以前から)あらかじめ予定されていた日に、あろうことか原告本人が尋問を欠席するという態度に出たことがマイナスに作用した可能性です(欠席の理由は、医師の研修中だということですが、これを考慮したとしても、あらかじめ決まっていた尋問期日を欠席するのは、裁判所に対しては悪印象といわざるをえません)。やはり、自分で提起した訴訟である以上、本人の尋問が必要な局面がくればこれを欠席することなど考えず、必ず出席するようにお願いいたします。そのためにも、尋問内容が想定内に収まるよう、入念に代理人と事前に打ち合わせることが重要です。

弁護士 吉村亮子