1 選択と集中

 経営学を勉強していると誰でも知っている言葉に、「選択と集中」というのがあります。
 分かりやすく言うと、複数の事業の中から、ひとつ又は少数の事業を選択して、そこに経営資源を集中させる経営戦略です。
 なぜ、そのような経営戦略を採用するのが良いとされているかというと、そもそもの前提に経営資源には限りがあるという前提があります。確かに、事業に投入できる資金、設備、人材には限りがあります。それなのに、なんでもかんでも手を出してしまうと、限られた資源が分散してしまい、どれも中途半端になってしまいます。それよりは、むしろ事業を選択し、そこに集中的に資源を投入した方が強みを作れる。そんなところでしょうか。

 そういえば、法律事務所にも最近「特化型」のものが登場してきているようです。「債務整理特化型」などと称する広告も目にします。
 確かに、取り扱う事業分野を限定すれば、そこに集中して経営資源を投入できます。また、特化型という宣伝文句には、もうひとつ見逃せない効用があることに気付きました。どのような効用かというと、専門性が高そうなメッセージを送れるという効用です。
 法律事務所に限らず、どのようなビジネスでも、特化型は、経営資源の投入方法としては効率的だと思います。
 しかし、もちろん、リスクもあります。ひとつの事業に特化しているわけですから、その事業に万が一失敗してしまうとそれで終わりです。その意味で、選択と集中とは、特定の事業に勝負をかける戦略とも言えそうです。

2 分散投資

 しかし、最近、ファイナンスを勉強していて思うのですが、選択と集中という経営戦略って、けっこうリスクが大きいのではと思うようになりました。

 例えば、株式市場に投資する投資家って、マーケット・リスクと特定の株式銘柄固有のリスク(ユニーク・リスクと言います)と、どちらのリスクを嫌うと思いますか?

 答えはマーケット・リスクなんです。皆さんが、株式投資をする場合、どの株を購入しようか迷いますよね。上がる株式もあれば、下がる株式もある。また、大きく株価が変動する株式もあれば、小幅にしか変動しない株式もある。やっぱり、株式固有のユニーク・リスクって気になりますよね。
 でも、投資家は、株式固有のリスクよりも、マーケット全体のリスクのほうが、ずっと気になるそうです。
 なぜかというと、株式固有のリスクは、分散投資によって、ほとんど打ち消すことが可能だけれども、マーケット・リスクは、株式市場全体が影響を受けるリスクなので、リスク・ヘッジ(リスクの回避)ができないからなのです。
 例えば、楽天の株だけ投資するのは、その株式固有のリスクを負うことになります。しかし、楽天だけではなく、トヨタやユニクロ、東京ガス、エーザイなど多数の株式に分散投資すれば、かなりのリスクを相殺させることができると考えられています(もっとも、相関関係のある複数の株式に投資したら、分散投資した意味ありませんけどね)。

 でも、最近、世界を襲ったリーマンショックの世界同時不況。これによって惹き起こされた株式市場全体の暴落に対しては、分散投資も役に立ちませんよね。株式固有のリスクは回避可能だが、市場全体のリスクを回避するのは難しい。だから、投資家はマーケット・リスクを嫌うそうです。

3 ポートフォリオ理論

 このファイナンスのお話をビジネスに当てはめてみると、選択と集中は、分散投資をせずに、特定の株式銘柄に資金をつぎ込むのに似ています。
 言いかえれば、もてる資金をすべて楽天の株式購入につぎ込んでしまうようなものです。楽天の株が高騰してくれたら大儲けです。でも暴落すれば、取り返しのつかない損害を被ります。全財産を楽天の株につぎ込んでいるのですから。つまり、ハイリスク・ハイリターンということですね。
 このように言うと、次のような反論が予想されます。

 「確かに、楽天の株に全財産をつぎ込むのは、ハイリスク・ハイリターンだけれども、分散投資してしまうと、ローリスク・ローリターンになってしまうではないか。リスクは小さくなるが、リターンも小さくなってしまう。だから、必ずしも、分散投資のほうが優れているとは言い切れない。結局は、投資姿勢の違いに過ぎないのではないか」

 しかし、必ずしもそうではないようです。分散投資すると、確かにリターンは平均化してしまいますが、リターンが打ち消されて消滅するわけではありません。他方、リスクに関しては逆相関があれば、お互いに相殺してこれを打ち消すことができます。言いかえると、うまくポートフォリオを組めば、ローリスク・ミドルリターンくらいは狙えちゃう。ハイリターンまでは期待できなくても、ミドルリターンくらいは期待できる。それでいて、リスクのほうは、ローリターンまで下げることができる、というわけです。

 ハリー・マーコビッツという人は、これを数学的に証明して、ノーベル経済学賞を取りました。彼は、次のように表現しています。

 「ポートフォリオを作成した場合、期待収益率は加重平均である一方、リスク(標準偏差)は、互いに完全に相関していない限り、加重平均より小さい」

 したがって、期待収益率を一定に保ちながら(下げすぎないで)、リスクの小さいポートフォリオを作成することが可能となります。

4 事業ポートフォリオと地域ポートフォリオ

 さて、そうだとすると、ビジネスについても同じことが言えそうな気がします。
 投資対象の各事業が相互に相関するものでなければ、複数の事業に分散投資することによって、期待収益率を一定に保ちながら、リスクを大きく減少させることが実現できるのではないでしょうか。
 これは、選択と集中により、ひとつの事業に運命をかけるよりも、ずっと賢い経営戦略かもしれません。

 これは、事業だけではなく、地理的にも複数の地域に分散投資することによって、うまくポートフォリオを構成できる余地があります。
 例えば、不景気といっても、東京はそうでもないのに、大阪はえらく景気が悪いとか、なぜか名古屋は景気がいいとかありますよね。偏らないようにうまく複数の地域に営業所を出店すれば、地域ポートフォリオを作れるのではないでしょうか。
 経営者の皆さん、一緒に考えてみましょう。