第1 賃金の意義

 みなさんが働いた分のお金をもらう場合、そのお金を、給料とか給与とか賃金とかいろんな呼び方があると思います。給料・給与という呼び方が最も多く使われているかもしれません。給料は支払われるものすべてを指し、給与は基本給を指す等区別して考える見方もありますが、同じ意味で用いるのが一般的です。もっとも、それらはビジネス用語の類いであり、そもそも法的概念ではありません(ただし、「給与所得」にていては所得税法に規定があります)。

 それに対し、賃金は、種々の労働関係法において使用されている法律用語です。労働基準法11条が賃金について、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義しています。民法上は、「報酬」という言葉が使われています(民法623条、632条、648条等)。この「報酬」と「賃金」は必ずしもイコールではありません。雇用以外の請負、委任契約等でも、労働基準法上の「労働者」にあたれば(「労務管理2」で詳述)、もらうお金は「賃金」ですが、あたらない場合は「報酬」であっても、「賃金」ではありません。

 賃金は、使用者側からみれば、主要なコストを占め、どのように設定するかは会社の命運を左右しますし、労働者側からみても、日々の生活に直結し、労働意欲にも大きく影響します。

 このように賃金は、使用者・労働者何れにとっても極めて重要度が高いため、今回から、賃金に関し、最低限押さえておきたい事項を述べていこうと思います。

第2 区別しておくべき概念

1 賞与

(1) 一般的賞与

  賃金については、労働基準法による厚い保護が与えられていることから、賞与が賃金にあたるか否かでしばしば争いが生じます。

 一般には、賞与は一時金として、6月と12月に支給され、それぞれ夏季賞与、年末賞与と呼ばれます。

 このような一般的賞与は、労働協約や就業規則等により支給の有無・条件が明確に定められているのであれば賃金ですが、定めなきものは結婚祝金、弔慰金等と同様、任意に恩恵として給付される贈与にすぎないと解されています。

 なお、あらかじめ支給額が確定している年俸制を採用している場合に、その支給額の一部を賞与と称して支給する場合があります。しかし、この場合の賞与は、年俸制における純然たる賃金なので、争う余地はありません。

 賞与請求権がいつ発生するかも問題となりえますが、支給日において発生すると考えられており、賞与の支給日在籍要件の定めを有効とした判例があります(最高裁判決昭和57年10月7日)。

(2) サイニングボーナス

 サイニングボーナスとは、入社後の勤労意欲の促進を目的として、労働契約締結時に支払われ、一定期間内に退職した場合には、全額返還を要するとされるものをいいます。

 これは、労働者の意に反して労働を強制する結果を招きかねず、債務不履行による違約金、賠償予定金たる性質を有するため、労働基準法5条及び16条に反し、無効と解されています。

 日本ポラロイド事件(東京地裁判決平成15年3月31日)では、労働契約の締結に際し、会社がサイニングボーナスとして200万円を支払い、1年以内に自発的退社をした場合にその全額を返還するとの約定の下に入社した労働者に対し、2か月後に退社したとしてサイニングボーナスの返還を求めた事案において、同約定を労働基準法5条、16条及び民法90条に反し、無効としました。

2 退職金

 退職金についても、賞与と同様、就業規則等により支給の有無・条件が明確に定められている場合には賃金にあたると解釈されています。もっとも、退職金は、賃金の後払的性格が強いため、支給基準が賞与に比し明確化されている場合が多いようです。なお、公務員の場合は、法律で支給基準が明定されているため(国家公務員退職手当法等)、賃金に当たることに争いはありません。

 そして、退職金請求権の発生時期についても、賞与における考え方と同様に、退職時に初めて発生し、それまでは債権として成立しているとは言えないとする見解が一般です。

3 福利厚生給付

 住宅資金貸付、住宅貸与、会社の体育館・食堂等の共同利用施設は、何れも使用者が労働者の福利厚生のために支給する利益であり、労働の対償として与えられるものではないので、賃金にはあたりません(男女雇用機会均等法7条参照)。

4 業務費

 工場、作業服、出張旅費等は、労働の対償としての賃金ではなく、使用者が業務上負担する企業設備・業務費です。

5 通勤手当

 出張旅費等が使用者の負担すべきものであるのと異なり、通勤費用は「弁済の費用」として労務提供の債務者である労働者が負担すべきものです(民法484条、485条)。

 したがって、本来負担する必要のない通勤費用を使用者が負担する定めをしている場合、賃金にあたるとされています。