2.経営の視点

 この契約破棄の自由は、決して一般的な学説ではありません。ましてや、実務家の中で、これを支持する人は少数ではないでしょうか。というよりも、契約破棄の自由という概念自体を知らない弁護士もたくさんいると思います。

 しかし、私は、経営者は、契約破棄の自由という発想を持つべきだと思っています。なぜならば、法律も企業経営にとってはツールに過ぎないからです。だから、契約を遵守する=正しい、契約を破る=間違っている、というドグマで考える必要はないわけです。
 幸い、日本の法律の損害賠償論には、アメリカのような「懲罰的損害賠償」というのがありません。したがって、悪いことをした人に対する懲罰として損害賠償義務を負わせるという考え方がないのです。
 このことは、契約破棄の自由を許容する理論的基盤にもなりうると思います。
 さすがに、契約破棄の自由を刑法に及ぼすことはできないでしょう。
 「罪を犯したら罰する」からといって、「罰を覚悟すれば、罪を犯してもよい」というメッセージを刑法から読み取ることはできません。やはり、罪を犯してはいけない、というのが刑法の立場です。
 もし、日本に懲罰的損害賠償論が持ち込まれると、損害賠償は、刑法の罰に近い意味づけになります。したがって、契約破棄の自由を認めることとは整合しなくなると思われます。
 しかし、日本には、まだ懲罰的損害賠償論は持ち込まれていないわけですから、契約破棄の自由を認める理論的ベースは十分あると考えています。