2020年の東京オリンピック開催を控え、訪日外国人旅行者が増えています。外国人には身体にタトゥーをしている人も多くいますが、日本では公衆浴場において「入れ墨・タトゥーがある人の入浴お断り」を掲げているところが多く、不当な差別ないし排斥にならないかが議論されています。
なぜ、公衆浴場では入れ墨・タトゥーがある人の入浴を禁止しているのでしょうか。それは、入れ墨のある人が暴力団関係者であるという蓋然性によるものと考えられます。法律上、浴場の営業者に入れ墨・タトゥーがある人の入浴禁止を義務づけた規定はありません。公衆浴場法4条では、「営業者は伝染性の疾病にかかっている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない」旨を定めていますが、それ以外の事由による入浴拒否義務については定めていません。また、旅館業やホテル営業に適用される旅館業法には、「宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき」には事業者は例外的に宿泊を拒否することができる旨を定めていますが(旅館業法5条2項)、入れ墨やタトゥーがあるのみで「風紀を乱す行為をする恐れ」があると判断することまではできません。
法律上の根拠がないことから、「入れ墨・タトゥーのある人の入浴お断り」は、事業者が独自に定めた自主ルールであると考えられます。では、この自主ルールに基づいて入れ墨・タトゥーのある人の入浴を一律に拒絶することは適法なのでしょうか。
公衆浴場を経営する事業者が、外国人の入浴を一律に拒否するという方針のもと、外国籍を有する者、日本に帰化した者の入浴を拒否した事案において、拒否された客が、違法な人種差別が行われたことを理由に損害賠償請求をしたという裁判例があります。
店側は、入浴マナーに従わない外国人客が多いことから外国人の入浴を一律に禁止したものであり、当該禁止は営業の自由に基づく措置であるなどと主張して争いました。しかし、裁判所は、
「公衆浴場の公共性に照らすと、事業者は、可能な限りの努力をもってマナー違反者を退場させる等の方法を実行すべきであり、安易にすべての外国人の利用を一律に拒否するのは明らかに合理性を欠く」
としたうえ、
「外国人一律入浴拒否の方法によってなされた入浴拒否は、不合理な差別であって、社会的に許容しうる限度を超えているものといえるから、違法であって不法行為にあたる。」
と判断しました。結論として、原告1人につき100万円の損害賠償請求が認容されています(札幌地裁平成14年11月11日判決)。
この判断過程等に照らすと、入れ墨・タトゥーのある人の入浴を一律に拒絶することが、果たして合理性のある措置と言えるかが問題となりそうです。昨今では、タトゥーがファッションの一部にもなっており、入れ墨・タトゥーだけをもって反社会的勢力の関係者か否かを判断するのは難しく、他人を委縮させるか否かについてもその態様によって異なるでしょう。一律に「入浴お断り」をすることは合理性を欠く、と考える余地も出てくるところです。
旅館・ホテルの事業者としては、他の手段をもって、反社会的勢力の利用拒否、他人の委縮防止が果たせないかを検討する姿勢が求められるかと思われます。