日本でも、M&A取引が活発に行われるようになって久しいです。
M&A取引においてはスピードが重要視されるため短期間でデューデリジェンスや情報収集をしなければならず、買主において対象会社の内容を完全に把握しておくことには困難が伴います。その一方で、M&Aは、基本的に会社が対象となる取引ですから、紛争化した場合の当事者が被る経済的不利益も甚大なものになります。
かかるM&A取引の実態に鑑みて、そのような経済的不利益を回避するための法技術があります。
その一つが説明義務違反に基づく損害賠償請求です。たとえば、売主に、対象会社が実は実質的に債務超過状態にあることについて、買主に対して説明する義務があったにもかかわらず、当該義務に違反したとして、被った損害の賠償を請求するという理屈です。しかし、説明義務違反は、もともと企業と消費者との取引など情報格差が著しい場合に、その情報格差を解消する場面を念頭に置いているところ、M&Aは、通常は、十分な情報収集能力のある対等な当事者間の取引であることが多いと思われます。もちろん、売主の説明義務違反を認めた裁判例もありますが、一方で、売主は、虚偽の説明をしてはならないという消極的な説明義務は負うものの、積極的な説明義務まで常に負うものではないとする裁判例もあり、買主としては、説明義務違反のみを頼りにすることにはリスクが伴います。
そこで、M&A取引において利用されるもう一つの法技術が、表明保証です。
表明保証とは、契約当事者が、ある時点における、契約目的物に関するある事実について、真実かつ正確であることを表明し、これを保証することをいい、このような条項が、株式譲渡契約等の契約の条項の中に盛り込まれます。
たとえば、対象会社には、ある時点の貸借対照表に表示されている債務以外にはいかなる債務も存在しないことが真実かつ正確であることを、売主が、表明、保証し、取引後に簿外債務が明らかになった場合など、当該表明及び保証に違反した場合は、これによって生じた損害等の補償を買主にしなければならないという条項を契約に盛り込むものです。
買主としては、懸念されるリスクをできる限り挙げ、これを盛り込むことによってリスクを売主に転嫁させることができます。一方で、売主としては、記載された事実についてリスクを負担することになりますが、代わりに売却価格を高値で維持することができるという経済的なメリットがあります。
この表明保証は、スピードが求められるM&A取引において、売主と買主との間で、適正なリスク分配を行わせる法技術といえます。
当事者としては、契約締結の際に、それぞれが負担するリスクの範囲とそれが与える売買価格への影響などを勘案しながら、条項を決定していく必要があるでしょう。