1 日本版司法取引が平成30年6月から開始
平成30年6月、日本版司法取引の制度が始まりました。報道等で紹介されていることもあり、ご存知の方もおられるかと存じます。「司法取引」は、アメリカの刑事ドラマや映画などではよく取り上げられますが、今回導入された日本の制度は、アメリカのものとはかなり異なっています。そこで、今回は、日本版司法取引について概観してみたいと思います。
2 日本版司法取引とは
日本版司法取引は、「捜査・訴追協力型協議・合意制度」などと呼ばれています。その内容は、刑事訴訟法350条の2以下に規定されています。内容を要約すると、『特定財政経済犯罪と薬物銃器犯罪について、検察官と被疑者・被告人(協力者)が、弁護人の同意がある場合に、協力者が他人(標的者)の刑事事件について証拠収集等の協力行為をし、検察官がその協力行為を考慮して、協力者の事件について一定の処分の軽減をすることを合意する制度』ということになります。
3 日本版司法取引の内容
⑴ 誰が合意するのか(主体)
合意の主体は検察官と被疑者・被告人(協力者)です。ただし、当該合意を成立させるためには被疑者・被告人の弁護人の同意が必要です。検察官の誤導などにより、被疑者・被告人が不本意なあるいは割に合わない合意を形成することがないよう、弁護人に同意権を付与し、被疑者・被告人の利益を守ることが制度として予定されています。
⑵ 対象とされる犯罪
対象とされる犯罪をおおまかに分類すると、
①強制執行妨害関係、
②文書偽造等、
③贈収賄関係、
④詐欺・背任・恐喝・横領等、
⑤組織的犯罪処罰法に係る犯罪収益隠匿等、
⑥財政経済関連犯罪(租税法・独禁法・金商法等違反)、
⑦薬物銃器犯罪(大麻取締法・覚せい剤取締法・麻薬等取締法・麻薬特例法・銃刀法等)、
⑧これらの犯罪に関する犯人蔵匿・証拠隠滅・証人威迫等、
となります。
日本版司法取引制度は、これら特定犯罪に限定され(協力者の事件と標的者の事件がともに特定犯罪でなければなりません。)、また、殺人・強姦などの生命・身体を害する罪が含まれず、死刑または無期の禁錮・懲役にあたる罪、すなわち重大犯罪も除外されていることが特徴です。
⑶ 合意できる内容
それでは、どのような合意が形成可能なのでしょうか。
①本人の協力行為(他人の刑事事件について)
・取調べに際して真実の供述をすること。
・証人尋問を受ける際に真実の供述をすること。
・証拠収集に際し、上記以外の協力行為をすること。
②検察官ができる行為
・不起訴処分
・公訴取消
・特定の訴因・罰条により公訴を維持すること
・特定の訴因・罰条の追加、撤回、特定の訴因・罰条への変更請求をすること
・特定の求刑をすること
・即決裁判手続の申立てをすること
・略式命令請求をすること
③その他合意内容に含めることができる内容
上記以外に合意の目的を達成するために必要な事項。
(例:標的者に協力者の住所を教えない、合意内容を実行する順序など)
なお、法350条の2第1項柱書は、「得られる証拠の重要性、関連する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して」、「必要と認めるときは」、「合意をすることができる」と定めていますので、司法取引を申し出て、協力者の側で必要と考える供述等を行った場合でも、必ず合意がなされるとは限りません。
合意不成立の場合、当該供述は証拠にできませんが、その供述から得られた他の資料などは証拠になり得ます。
⑷ 合意の効果
他方、合意が成立した場合、その内容は検察官と被疑者・被告人を拘束することになります。
したがって、被疑者・被告人が標的事件の裁判で合意に沿った供述をしなかったり、検察官が合意した内容の処分を行わなかったりした場合、その相手方は合意から離脱することができます。合意をした動機に重大な錯誤があった場合も同様です。
また、刑事裁判には、検察官や被告人、弁護人以外にも裁判所が関与します。検察官の請求を裁判所が認めない場合や求刑より重い判決が下される場合もありますので、このような場合にも合意からの離脱が認められます。さらに、不起訴合意に基づく不起訴に対し、検察審査会がこれを覆す決定をした場合も合意は失効するとされています。合意失効の場合には、合意に基づいて得られた供述やその供述から得られた資料等いずれについても、協力者の事件に関し原則としてこれを証拠とすることができなくなります。
⑸ 合意違反の効果
検察官が合意に違反した場合、裁判所は、判決で検察官の提起した公訴を棄却しなければなりません(合意の内容によっては、訴因変更等の請求の不許可)。
ただし、ここで注意しなければならないのは、特定の求刑をすることを合意したにもかかわらず、検察官がこれに違反した場合です。この違反については、何らのペナルティも定められていません。
他方、協力者が合意に違反して虚偽の供述等をした場合には、5年以下の懲役に処せられるというペナルティが定められています。
4 司法取引に直面した際は、弁護人と十分な協議を
日本版司法取引制度はまだ始まったばかりで、これからの運用を見ないと分からないことも多いです。しかし、捜査機関にとっては使い勝手の良い部分がある一方、協力する被疑者・被告人側にとっては不安定に思われる部分が見られる制度にも感じられます。ご自身やご家族が不幸にしてこのような司法取引の場面に直面することとなった場合、弁護人としっかり協議する必要があることを忘れないようにしてください。