被害金額と犯罪の重さ

 現代日本においては、窃盗罪の被害金額によって適用される刑法の条文が変わるなんて言うことはありませんので、例えば盗んだ金額が「100万円」か「99万9000円」かの違いで劇的に刑事罰の重さが変わることもありません。
 それでも、実際の刑事裁判の量刑においても「被害額」は重要な要素です。皆さんも、100万円を盗んだ犯人と1万円を盗んだ犯人では100万円を盗んだ犯人の方が、罪が重いということは直感的には理解できると思います。

 これを、刑法的な理屈に当てはめて簡単に説明すると、窃盗罪は「財産」を守るために、他人の財産を侵害することを「違法な行為」と定義しているのであり、「他人の財産を侵害した」、すなわち、被害を与えた金額が大きければ大きいほどより違法性の高い行為として評価されるからということになります。

 さて、以上の通り、被害金額が大きければそれだけ違法性が高くなりますし、逆に被害金額が小さければそれだけ違法性は低いということになります。

可罰的違法性

 そのため、例えば被害に遭った物品の額が1円にすら満たないような、被害金額がものすごく小さい場合には、違法性もものすごく低くなるはずです。そのような違法性がものすごく低い場合に、刑事罰を科すに値しない場合があるのではないかという議論があります。(これを、刑法上の概念で「可罰的違法性」と言います。)
 実際に、刑事裁判で「可罰的違法性」が問題となった事件としては、こんな事件がありました。

 事件の内容は、「ある買い物客が無料で配布されていたパンフレット2通を封筒に入れて手提げ袋の中に入れていたところ、犯人は封筒内に現金が入っていると勘違いして封筒を抜き取った」というものです。
 この事件については、封筒内のパンフレットについては、「客観的にも主観的にもその価値が微小であって、窃盗罪の客体である財物としてこれを保護するに値しないと解するのが相当」(東京高等裁判所昭和54年3月29日)と判断されました。
(なお、この犯人については窃盗罪の未遂罪として処罰されています)

 ただし、このような裁判例があるからと言って、無料で配布されているものを盗んでも常に同じような判断がなされるわけではありません。たとえば、無料で配られているポケットティッシュを盗んだという場合や、チラシでもクーポン券つきのような場合は、持ち主にとって「主観的な価値がない」とは言い難いでしょうから、直ちに同じような判断がされるとは限らないでしょう。

終わりに

 被害額が小さくても窃盗罪として処罰されたケースは多数あります。そういった意味で、このような判断は例外的なケースと言えます。また、以前、ブログでも書いた通り(窃盗罪のあれこれ)、意外なケースで窃盗罪に問われる可能性もあります。江戸時代のように「死罪」とはならなくても、やはり窃盗罪は重い罪なのです。