違法収集証拠排除法則
刑事裁判において、被告人が犯罪を行ったかどうかは、証拠に基づいて厳格に判断されます。
無罪原則がありますので、検察官が証拠を積み重ねて犯罪の成立を証明する必要があります。
ここで、犯罪の成立を証明するための証拠を集めるために、どんな手段でも取ることができるとなると、身体拘束や捜索差押えが過度となり、人権侵害が生じるおそれがあります。
そこで、違法な捜査によって得られた証拠は、刑事裁判上証拠として認められない(証拠能力が否定される)場合があるとすることで、基本的人権の保障が図られています。
しかし一方で、ささいな手続のミスなどについてまで違法な捜査として、それによって得られた証拠を排除してしまうと、真相究明に大きな障害となる可能性もあります。
以上の基本的人権の保障と真相究明の必要性との双方を考慮して、現在、裁判所においては、証拠収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠とすることが将来の違法捜査抑制のために相当でないと認められる場合に、違法収集証拠として証拠能力が否定されています。
松山地裁平成22年7月23日判決
松山地裁平成22年7月23日判決(以下、「本判決」といいます。)では、尿の鑑定書について、以下の事情をふまえて、違法収集証拠として証拠能力が否定されています。
①留め置き
通常、身体拘束を行うには裁判所が発布する逮捕状が必要であり、任意同行の場合、取調べを受けることも帰宅することも何することも自由にできるのが原則であるはずです。
しかし、本判決の事案では、被告人は午前1時5分頃に任意同行して以来、午後2時33分の逮捕まで約13時間30分もの長時間、留め置かれています。午前4時8分頃からは被告人が帰宅させるように再三要求し、取調室を出ていこうとしましたが、警察官4名が取調室の出入り口付近に立ちふさがり、事実上取調室からの退出を不可能にしていました。さらに、警察官は、携帯電話での通話を制限したり、知人、母親との面会要求を拒否したりして、外部との連絡の遮断も行っていました。
このような事情等を含め、裁判所は、被告人を長時間留め置いた行為について、任意捜査として許容される限度を超えた違法な身体拘束であったと認めています。
②身体捜検
警察官は、逮捕された者に対し、逮捕直後であれば、身体捜検、すなわち、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができるとされています。本判決の事案でも身体捜検が行われましたが、それは任意同行後長時間が経過した後、被告人が凶器を所持していることをうかがわせる事情もないのに、被告人が注射痕の有無の確認を拒否した直後に実施されており、これは身体捜検の名を借りた、注射痕の有無を確認するための捜査目的の身体検査であったとみざるを得ず、身体検査令状なくして行うことは違法であると判断されています。
③強制採尿令状の発布
強制採尿令状が発布されるうえで、注射痕の有無は1つの有力な資料となるところ、本判決の事案では、上記身体捜検の結果、被告人の両腕に注射痕が確認されなかったことから、本来であれば捜査報告書において写真添付等によって注射痕不存在の情報提供を裁判所にすべきであったにもかかわらず、反対に、両腕の確認には至っていないとの虚偽の記載をし、令状を請求しており、令状主義の精神に反するものと評価されています。
上記はそれぞれ、①逮捕状を得ずして実質的な逮捕行為が行われ、②身体検査令状を得ずして身体検査が行われ、③強制採尿令状の発布にあたって裁判所に虚偽の情報を与え適切な令状審査ができない状況を作っており、これらは令状主義の精神を没却する重大な違法であると評価され、このような捜査を許容することは将来における違法捜査抑制の見地から相当でないと判断されました。