私文書偽造罪(刑法159条1項)は、行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した場合に成立します。

 では、大学入試等において、自分より勉強のできる知人に頼んで答案を作成させた場合(いわゆる替え玉受験)、答案を作成した知人に、私文書偽造罪が成立するでしょうか。以下、検討してみたいと思います。

1 入試の答案が、「事実証明に関する文書」にあたるか

 入試の答案は、「権利、義務・・・に関する文書」には該当しませんね。では、「事実証明に関する文書」にあたるでしょうか。

 「事実証明に関する文書」とは、実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書を意味するものとされていますが(最決昭和33年9月16日)、入試の答案が、事実証明に関する文書に当たるかが問題となります。

 この点について、判例は、

「入学選抜試験の答案は、試験問題に対し、志願者が正解と判断した内容を所定の用紙の解答欄に記載する文書であり、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、『社会生活に交渉を有する事項』を証明する文書に当たる」

と判示し、入試の答案が、「事実証明に関する文書」に該当すると考えています(最決平成6年11月29日)。

2 志願者本人(名義人)の承諾があることについて

 「偽造」とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいいますが、本人(名義人)の承諾がある場合には、作成者との間の人格の同一性を偽ったとは言えず、原則として私文書偽造罪は成立しないものと考えられています。

 そこで、替え玉受験において、志願者本人の承諾があった場合、私文書偽造罪の成立を肯定できるかが問題となりますが、入試というものは、志願者本人の学力の程度を判断するために行うもので、入試の答案は、志願者本人以外による作成が許容されていないという理由で、実務上、私文書偽造罪の成立を肯定する見解が多数であると思われます。

 裁判例においても、

「志願者のうち、替え玉受験が行われることについて何らかの認識があり、これを承諾するものがあったとしても、本件各答案は、志願者本人の学力の程度を判断するためのものであって、作成名義人以外の者の作成が許容されるものでないことは明らかであるから、名義人の承諾・・・が本件有印私文書偽造、同行使罪の成立を妨げるものでない」

と判示したものがあります(東京高判平成5年4月5日)。