弁護士 金﨑 浩之 

 今、弁護士会で、「弁護士の専門家認定制度」を作ろうという動きがあります。

 ”専門家認定制度”とは、弁護士会が会員の弁護士に対して、弁護士会が定めた基準にしたがい、例えば、”交通事故専門”とか”離婚専門”という具合に、専門家としてのお墨付きを与える。
 そうすると、そのお墨付きをもらった弁護士は、「弁護士会から正式に○○専門という認定を受けています」と顧客に説明することが許されます。

 要するに、医師会がやっている、例えば、”循環器内科専門認定医”みたいな、資格ではないのですが、医者の世界でもやっている専門医認定制度の弁護士バージョンをやろうということです。

 弁護士会が掲げている大義名分は、”顧客のため”です。

 確かに、顧客は”専門家”を求めている。

 法律の専門家に依頼したいわけではなく、離婚の専門家とか医療過誤の専門家とかに依頼したいはずです。

 しかし、顧客からは、どの弁護士が本当の専門家か分からない。最近では、弁護士の広告も盛んになり、みんな自分を専門家と称しています。これだと、”言ったもん勝ち”です。

 そこで、弁護士会が専門家と認定するにふさわしい基準や要件を作り、それをクリアした弁護士を”専門家”と認定するという制度が必要なのではないか、という問題意識になったわけです。

 弁護士会が掲げている大儀は、ボクは正しいと思います。心臓手術を受ける患者さんは、循環器外科専門の医師に執刀してもらいたいはずです。

 しかしボクは、現時点でこの専門家認定制度を作ることには賛成できません。なぜなら、こんな制度を作ってしまうと、法曹界の実態と大きく乖離したインチキな制度ができあがるからです。

 具体的に話しましょう。例えば、医療過誤専門の弁護士。ボクに言わせれば、医療過誤専門とは、医療事件だけをやっている弁護士を指します。たまに例外的に専門外の仕事をやることはあっても、原則医療事件しかやらない。そんな弁護士を医療過誤専門というべきなんです。

 顧客が専門家を求めていることは自明ですから、ボクの弁護士事務所でも他の法律事務所に先駆けて、事業部制を導入し、”交通事故事業部”、”医療事業部”、”企業法務事業部”などの専門部を作りました。所属弁護士は、基本的に自分が所属している事業部の仕事しかしません。こうして、専門家を養成できる仕組みを入れました。
 また、最近では、”交通事故特化型”とか”刑事事件特化型”の法律事務所が出現しはじめました。事務所全体が特定の分野しか取り扱わないというスタイルです。

 でも、これだって極めて最近の傾向で、日本全国の法律事務所の1%にも満たない。ほとんどの弁護士がいわゆる”町弁”として仕事をしているわけです。すなわち、離婚も交通事故も債務整理も刑事事件も全部やる、中小・零細企業の顧問もやります、というスタイルで仕事をしているんです。専門家の養成が非常に遅れている業界なんですね。

 このような現状で専門家認定制度を作るとどうなるのか、推して知るべしです。
 専門家認定の要件が厳しすぎると専門家がいなくなってしまいますので、当然、これを緩めようということになる。一定数の専門家を確保するために要件を緩めれば、本当に専門家と呼んでいいのか、という弁護士も混ざってしまう(というか、ほとんどの弁護士がそれだと思います)。

 しかし、そんな弁護士でも、天下の弁護士会から”専門家”としての認定を受ければ、堂々と「私は○○の専門家だ」と言えちゃうわけです。要するに、専門家認定制度は、単なる弁護士のための商売ツールと化すわけです。

 これって、弁護士会が大儀として掲げている”顧客のため”ではなくて、どう見ても”弁護士のため”ですよね。

 今、真に必要となるのは、専門家認定制度ではなくて、どうすれば弁護士が町弁体質から脱却し、本当の専門家になれるのか。そこに正面から切り込んだ制度改革・意識改革なんだと思います。