1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、後遺障害による逸失利益など、将来現実化する賠償請求権に関する消滅時効の起算点について、裁判例に基づいて検討したいと思います。

2 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点

 民法724条前段は、交通事故を含む不法行為に基づく損害賠償請求権について、被害者等が「損害及び加害者を知った時」から3年で消滅時効にかかる旨規定しています。

3 「損害及び加害者を知った時」(民法724条前段)

 「損害及び加害者を知った時」(民法724条前段)とは、同条の趣旨が、被害者の知らない間に損害賠償請求権が消滅しないようにする(権利行使の機会を確保する)点[1]にあることにかんがみ、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時[2]をいいます。

 損害を知ったというためには、損害を現実に認識しなければならない[3]ものの、損害の認識については損害の数額・程度の全部を知る必要はありません[4]

4 将来において現実化する損害

 では、後遺障害による逸失利益のように、将来現実化する損害に関する消滅時効の起算点は、いつと考えるべきでしょうか。

 この点、裁判所は、将来現実化する損害に関する賠償請求権の消滅時効の起算点について、損害の発生が予見可能か否かで、以下のとおり区別しています。

⑴ 予見可能な損害

 将来現実化することが予見可能な損害については、被害者が事故による受傷の事実を知ったときから、被害者においてその認識があったものとして、賠償請求権の消滅時効が進行します[5]

⑵ 通常予想しえなかった損害

 相当期間経過後に事故による受傷に基づく後遺症が現れるなど、事故当初には通常予想できなかった損害が事後に初めて顕在化した場合には、その後遺症などが顕在化したときから、賠償請求権の消滅時効が進行します[6]

5 結び

 裁判所は、民法724条前段が、被害者の権利行使の機会を確保する一方で、加害者を証拠の散逸による立証の困難から救済するために短期消滅時効(3年)を設けていること[7]にかんがみて、被害者に対して、迅速な権利行使を求めているように見受けられます。

 しかしながら、個人的には、前記のように窺われる裁判所の立場は、以下のような問題点[8]を抱えていると考えます。

 すなわち、後遺症が残ることが社会通念上予見可能な場合には、被害者は重い傷害を負っていると考えられるところ、重症であればあるほど治療に専心し、損害賠償請求権の行使(お金のこと)は二の次にしがちになるというのが人情と思われます。

 そうであるところ、重傷を負って病床にある被害者に、具体的な後遺障害発生の有無、その内容程度の不明な段階での損害賠償請求権の行使を強いることは酷ではないのでしょうか。

 そこで、私見としては、損害の公平な分担及び被害者救済の見地から、将来において現実化する損害についてはこれが現実化したとき(後遺症であれば症状固定時[9])から、消滅時効が進行すると解すべきではないかと考えているところです。

[1] 潮見佳男『不法行為法』(以下「潮見」)286頁。
[2] 最判昭和46年11月16日・民集27巻10号1374頁。
[3] 最判平成14年1月29日・民集56巻1号218頁。
[4] 大判大9年3月10日・民録26輯280頁。
[5] 最判昭和49年9月26日・裁判集民112号709頁。
[6] 最判昭和49年9月26日・裁判集民112号709頁。
[7] 潮見285頁。
[8] 大阪高判平成6年1月25日・判タ846号225頁参照。
[9] なお、自動車損害賠償保障法75条に規定される消滅時効は、後遺症については、症状固定日を起算点としている(国土交通省自動車交通局保障課『改訂 逐条解説 自動車損害賠償保障法』228頁)。

弁護士 伊藤蔵人