1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、自動車の衝突事故につき双方に過失がある場合に、一方(X)が他方(Y)に対して、XのYに対する損害賠償債権とYのXに対する損害賠償債権とを相殺することができるかという問題を検討したいと思います。

2 同一交通事故によって生じた損害賠償請求権相互間の相殺

⑴ 相殺とは

 相殺とは、債務者が弁済をする代わりに、自分が債権者に対して有する債権で、その債務を対当額まで消滅させる行為[1]をいいます(民法505条1項本文)。

 この相殺には、簡易決済の機能(それぞれ別々に請求し、別々に弁済することの不便と無駄の除去)や公平の機能(それぞれの請求が別々に行われ、その一方だけが実現されるようなことがあれば、不公平な結果を生じることになるが、相殺によってこの不公平を除去)などの機能があり、相殺は円滑な経済取引の実現に寄与しています。

⑵ 同一交通事故によって生じた損害賠償請求権相互間の相殺

 同一交通事故によって生じた損害賠償請求権相互間の関係を簡易迅速に処理するために相殺をすることはできるでしょうか。

 結論からいえば、このような場合には、民法509条が不法行為債権を受働債権[2]とする相殺を禁じていることから、相殺(民法505条1項本文)をすることはできません。

 この点について、裁判所[4]は、「民法509条の趣旨[3]は、不法行為の被害者に現実の弁済によって損害の填補を受けさせること等にあるから、およそ不法行為による損害賠償債務を負担している者は、被害者に対する不法行為による損害賠償債権を有している場合であっても、被害者に対しその債権をもって対当額につき相殺により右債務を免れることは許されない」旨述べています。

⑶ 同一交通事故によって生じた損害賠償請求権の処理

 それでは、同一交通事故によって生じた損害賠償請求権は、いかに処理すればよいでしょうか。

ア 反訴

 まず、反訴を提起することが考えまれます。

 反訴(民訴法146条)とは、係属中の訴訟手続内で、関連する請求について被告が原告に対して提起する訴えをいいます。反訴には、被告も同一手続の利用することができ、訴訟手続・審理の重複を回避する点に利点があります。

イ 相殺契約

 次に、相殺契約を締結することが考えられます。

 相殺契約とは、民法の規定に従う相殺(これを「法定相殺」といいます。)と別に、当事者の合意(すなわち、契約)によって相殺をすることをいい、契約自由の原則の下、原則として認められる[5]と解されています。この相殺契約によれば、不法行為債権を受働債権とする相殺もなしうる[6]と解されています。

3 結び

 今回は、自動車の衝突事故につき双方に過失がある場合において、裁判上の損害賠償請求を受けた側の立場に立って、損害賠償債権債務の処理の仕方について検討をしました。

 そのための手段として反訴提起及び相殺契約を挙げましたが、実務上は相手方の同意を必要としない反訴提起が用いられる場合が多いかと思います。

 そのときに注意して頂きたいのは、時効[7]です。

 相殺(法定相殺)であれば、消滅時効の到来前に相殺適状を迎えていれば、自働債権が時効にかかった後でも、なお相殺をすることができます(民法508条)。他方、反訴請求をする場合には、このような例外を規定した条文はないため、相手方から消滅時効を援用されれば、もはや請求することができなくなってしまうからです。

[1]  我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝『コンメンタール民法(第2版)』922頁。
[2]  相殺をしようとする者の債権を「自働債権」といい、相手方の債権を「受働債権」という。
[3]  なお、民法509条が不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺を禁止する立法趣旨には、①報復的ないし自力救済的不法行為の誘発の防止、②不法行為者に対する制裁としての相殺利益の剥奪、③被害者救済のために現実弁済の要請に応援すること、があると一般的にいわれる。
[4]  最判昭和32年4月30日・民集11巻4号646頁。
[5]  我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝『コンメンタール民法(第2版)』925頁。
[6]  我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝『コンメンタール民法(第2版)』931頁。
[7]  最判昭和54年9月7日・判タ407号78頁参照。

弁護士 伊藤蔵人