1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、交通事故の賠償義務者が、円満な解決を目指して誠実な交渉をしたものの、被害者から不相当に過大な賠償請求を受けたため、交渉が行き詰まってしまったような場合の対処法をご紹介したいと思います。

2 交通事故に基づく損害賠償債務の不存在確認の訴え

⑴ 不当請求への対処法

 交通事故によって賠償義務を負った者が、円満解決を目指して、相当額の賠償金を提示して交渉を続けるも、被害者が法外な賠償請求に固執したために交渉が長期化し、こう着状態に陥ってしまうようなことがあります。

 このような状況を打開するために、賠償義務者は、被害者に対して、交通事故に基づく一定額の損害賠償責任を負うことを前提として、それ以上の額の賠償債務が存在しないことを確認する旨の裁判(これを「債務不存在確認訴訟」といいます。)を求めることが考えられます。

⑵ 債務不存在確認訴訟の要件

 ただし、確認訴訟は、原告の法的地位の現在の危険・不安を除去するために必要かつ適切と認められる(つまり確認の利益を肯定できる)場合でなければ提起することができません。

 このように確認訴訟を提起するにあたって確認の利益が要求される理由は、理論上いかなる事項でも確認の対象となるところ、訴訟制度による紛争解決にとって無益・不必要な訴えを排除して裁判制度の運営効率を確保するとともに、被告を応訴の負担から解放することにあります。[1]

 債務不存在確認訴訟は、被告による、債権の存在に関する主張があれば、債務者たる原告の法的地位の現在の危険・不安があるものとして、確認の利益が肯定されます。[2]

⑶ 交通事故に基づく損害賠償債務の不存在確認訴訟の要件

 裁判所[3]は、交通事故に基づく損害賠償債務の不存在確認訴訟について、以下のように述べています。

 すなわち、まず賠償義務者が円満解決を目指して交渉をしてきたものの、被害者が事故による被害者の損害賠償請求債権が多額にあるなどと主張して全く応じようとしないような場合には、原則として確認の利益が認められます。

 もっとも、被害者の症状が未だ固定していないような場合などには、そもそも損害額の確定がし難いこともあり、交通事故に基づく損害賠償債務の不存在確認訴訟の必要性につき問題があって確認の利益がないとされることがありえます。

[1] 司法協会『民事訴訟法講義案(再訂補訂版)』72頁。
[2] 松下淳一「交通事故にもとづく損害賠償債務の不存在確認の訴えの利益」ジュリスト1024号143頁。
[3] 東京高裁平成4年7月29日・判タ809号215頁。

弁護士 伊藤蔵人