1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、京都地判平成16年2月18日・自動車保険ジャーナルNo.1572‐6頁(以下「本裁判例」といいます。)を踏まえて、証明責任を負っていない当事者の事案解明義務について検討したいと思います。

2 本裁判例について

⑴ 本裁判例の概要

 本裁判例は、加害車両の衝突によって併合4級自賠責認定を受けた原告が、同障害等級を前提とした賠償金を請求したのに対して、被告が原告の障害の改善を主張して争った事案について、被告の提出したカルテ等の証拠からは「現時点では更に相当程度回復している可能性が高いと考えられる」に止まるが、原告本人が本人尋問期日に出頭せず、鑑定の実施も事実上不可能となったこと等の事情に鑑みれば、原告の後遺障害の等級認定については「謙抑的に認定するのが相当」であるとして、併合6級を認定し、同障害等級を前提とした賠償金の支払いを命じる判決をしたものです。

⑵ 本裁判例のポイント

 本裁判例のポイントは、立証責任を負う被告が裁判所の確信を得るのに必ずしも成功していないにもかかわらず、原告の事案解明への非協力を理由として、被告の主張を容れる判断をした点にあります。

3 事案解明責任

⑴ 立証責任を負わない当事者の事案解明責任

 立証責任とは、ある事実が真偽不明の時にその事実を要件とする法律効果の発生又は不発生が認められなくなる、一方当事者の危険又は不利益をいいます。

 立証責任の趣旨は、ある事実の真偽が不明の場合、裁判拒否を防止し(憲法32条参照)、紛争解決を図る点にあり、かかる趣旨から、自己に有利な法律効果(権利の発生、障害、阻止、消滅)の発生を主張する者が立証責任を負うものとされています。

 ところが、ときとして、証拠の偏在が著しいため、立証責任の所在のみに依拠して規律することが、当事者間の公平に反するといえるような場合があります。事案解明責任とは、そのような場合、充実した審理を実現するため、証明責任を負わない当事者に対して、一定の要件の下で、事案の解明に協力する義務を課すこと[1]をいいます。

 そして、事案解明義務に違反があった場合、いかなるサンクションが課されるかについては議論のあるところ[2]ですが、「要証事実の内容、他の証拠の確保の難易性、妨害された証拠の内容・形態・重要性等を考慮して、①挙証者の主張事実を事実上推定するか、②証明妨害の程度等に応じ, 裁量的に挙証者の主張事実を真実と擬制するか、③挙証者の主張事実について証明度の軽減を認めるか、④証明責任を転換し、反対事実の証明責任を妨害者に負わせるか、を決すべき」とした裁判例[3]があります。

⑵ 本裁判例の検討

 本裁判例についてみると、原告が併合4級自賠責認定を立証したところ、被告は、それより低い障害等級が相当である旨を反論しているので、その後の原告の障害改善について立証責任を負うことになっています。

 しかし、原告が正当な理由なく本人尋問期日に出席しないなど故意に被告の立証を妨げたことから、裁判所は、被告による立証活動では「可能性が高い」という程度の心証を形成するに止まっていたものの、証明度の軽減をして、被告の主張を認めて、原告の障害改善を認定したものと考えられます。

4 本裁判例を踏まえた実務上の問題点

⑴ 訴訟戦略の難しさ

 当事者の訴訟行為は、その者に有利にも不利にもなるものであり、こうした訴訟行為の積み重ねの上に成立する民事訴訟はきわめて複雑なものです。当事者の方であれば、もちろん訴訟を提起すること自体は可能ですが、一般の方が裁判所で十分な訴訟活動を行うことはとても難しいといえると思います。

⑵ 弁護士の活用

 訴訟を的確に進めていくためには、信頼できる弁護士を代理人として立て、その弁護士から助言を得ながら、慎重に訴訟を進めていくことが有効であると考えられます。

[1] 春日偉知郎「事案解明義務――伊方原発訴訟上告審判決」(『ジュリスト増刊号』97頁)
[2] たとえば、中野貞一郎・松浦馨・鈴木正裕『新民事訴訟法講義[第2版補訂2版]376頁、新堂孝司『新民事訴訟法[第四版]』587頁、伊藤眞『民事訴訟法[第3版4訂版]』330頁など。
[3] 東京高判平成3年1月30日・判時1381‐49頁

弁護士 伊藤蔵人