こんにちは。今回は、さいたま地裁平成18年8月4日の判例を紹介したいと思います。

 事案は、事故当時59歳の主婦であった被害者が横断歩道を歩行横断していたところ、加害者が運転する乗用車に衝突されたというものです。
 被害者は、約11か月間入院し、結果として、高次脳機能障害等1級3号の後遺障害を負いました。もっとも、被害者は、今回の事故に遭う7年半前に脳こうそくを発症し、事故の2年前にも再発をしていたため、被害者が既往障害をどれほど有していたのかについて争われました。

 被害者は、1級3号の後遺障害を負っているため、事故後の労働能力喪失率は100%となります。もっとも、賠償の範囲は、事故と相当因果関係のある損害に限られるので(民法416条)、事故前に被害者が喪失していた労働能力分の損害は賠償の対象外となります。

 本件では、被害者の既往後遺障害につき、加害者は7級(喪失率56%)、被害者は12級(喪失率14%)と主張しましたが、裁判所は9級(喪失率35%)と判断しました。そのうえで、本件事故の後遺障害の労働能力喪失率100%―事故前の後遺障害の労働能力喪失率35%=65%を本件交通事故による被害者の労働能力喪失率であるとし、休業損害及び逸失利益を算出しています。

 また、本件事例では、素因減額についても問題となりました。素因とは、損害の発生・拡大の原因となった被害者の素質のことであり、損害の公平な分担を目的とする損害賠償法の理念により認められています(民法722条2項を類推適用)。

 本判例では、一般的に、脳こうそくを罹患している患者が、頭部に外傷を受けた場合は、脳に障害のない者に比べて、脳外傷による症状が重くなること、また、脳こうそくの症状が、本件事故後の長期入院により悪化した可能性があることを理由に、被害者が事故前に罹患していた脳こうそくが、後遺症状の増幅に寄与したことは否定できないとして30%の素因減額を認めました。

 本判例は、後遺障害等級及び素因減額の割合を判断するに際し、CTスキャンやMRI等の画像診断や治療状況及び被害者の臨床状況等を丁寧に考慮しており、妥当な結論が下されていると思います。