医療過誤において、民事上の責任を追及する場合には、医師の「過失」、つまり注意義務違反が認められなければなりません。従来の判例によると、この注意義務違反は、結果を回避する義務に違反することと考えられています。

 そして、患者の死亡や後遺障害といった結果を回避すべき義務があったというためには、前提として、それらの結果を予見することができたという予見可能性が必要になります。

 今回は、この「予見可能性」についてご紹介します。

 まず、医療過誤における注意義務違反の基本的な考え方に触れておきます。

 注意義務違反は、「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に従い判断されます。そして、この「医療水準」は、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の事情が考慮されます(最判平成7・6・9:姫路日赤未熟児網膜症事件)。

 「予見することができた」といえるためには、予見しうるだけの知識が必要となりますが、この点について、医師に情報の収集義務を認めた判例をご紹介します。

事案:昭和61年の出来事

2月12日 患者は精神障害のため精神病院に入院し、医師らからフェノバール(向精神薬)などの投与を受け始める。
3月20日 薬剤の副作用と疑われる発疹等の過敏症状が生じるが、フェノバールの投与継続。
4月15日 転院先においてフェノバールの副作用による薬疹の疑いがあるとして、
     同剤の投与が中止される。
同日以降24日頃までの間
 スティーブンス・ジョンソン症候群を発症し、失明状態となる。

当時のフェノバールの添付文書には「使用上の注意」の「副作用」」として、

(1)過敏症 ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止すること。

(2)皮膚 まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)、Lyelly症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること。

と記載されていました。
 原審は、失明の原因がフェノバールの投与にあるという因果関係は認めましたが、当時の一般精神科医が有する知識・経験等によっては、同症候群の発症を予測することはできなかった等として、過失を否定しました。

最高裁

 向精神薬の副作用の医学上の知見については、その最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務がある。

 当時の一般の医師においても認識可能な医療上の知見によると、添付文書に記載された副作用(1)と(2)の症状は、(1)の症状から(2)の症状に移行する可能性があった。

 本件では、3月20日の過敏症状(=副作用(1)の症状)の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することができたとはいえないとしても、当時の医学的知見において、過敏症状が本件症候群へ移行することが予測しえたとすれば、過敏症状の発症を認めた以上、本件症候群の発生を予見、回避すべき義務を負っていたといえる。

 当時の知見において、本件症候群へ移行する可能性の有無、程度、移行を予見すべき時期などについて判断すべしとして、破棄差し戻し。

 医師が予見すべき対象は、生じた結果、つまり本件では、スティーブンス・ジョンソン症候群を発症し失明するという結果です。この事案の添付文書上、副作用(1)が(2)の結果につながるという記載にはなっていません。そうすると、(1)の過敏症状が生じたとしても、添付文書からは、ただちに(2)の結果まで予見できたとはいえません。とはいえ、医師が、一般的な医師の知識として、(1)が(2)につながることを知りえたのであれば、投与の中止等の措置を採るべきだったといえるでしょう。本件の最高裁は、医師には薬剤の副作用についてできる限りの最新情報を収集する義務があることを認め、添付文書の記載だけでなく、その収集しえた情報も前提として、予見可能性を判断すべきと判断した点に意義があります。

 他に、予見可能性について下級審と最高裁で判断が分かれた事案(最高裁が過失を肯定)として、最高裁平成15・11・14があります。

 上記3で触れたように、予見可能性は、基本的には、生じた結果(上記3の事案では、スティーブンス・ジョンソン症候群を発症し失明するという結果)に対する予見が必要です。

 しかし、生じた結果である病名まで分からなくとも、「重大で緊急性のある病気」ということが認識できれば足りる場合もあります。それは、開業医など、設備上の問題などから、自ら対処できない病気の患者を診察した場合です。この場合、医師は、対処できる適切な医療機関に転送する義務を負います(最判平成15・11・11:詳細は「開業医の転送義務」の回をご参照ください。)。転送義務の場合は、特定の病気に対する治療行為の適否を問題としているのではなく、何らかの重大な病気であることさえわかれば果たせる義務ですので、当然のことともいえるでしょう。

弁護士 池田実佐子