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第3 肺癌と喀痰細胞診検査に関する判例(仙台高裁H20.8.28)

 被控訴人病院で肺癌のため左肺の全摘出手術を受けた控訴人が,同病院の医師が喀痰細胞診等の検査を行うべき義務を怠ったため,肺癌の発見が遅れて左肺の全摘出手術を余儀なくされたとして,被控訴人に対し損害賠償を請求した事案の控訴事件について,被控訴人病院には上記検査を行う義務懈怠があるが,同義務懈怠と第2回手術での左肺の全部摘出との間には相当因果関係がないとした上で,医療水準に基づいた適切な治療を受けられなかったことによる精神的苦痛があると認め,原判決を変更し,認定した損害額の限度で控訴人の請求を認容した事例

2 被控訴人病院における診療経過

(ア)長期間の喫煙歴を有する者(1日20本×30年間),発熱,咳及び痰の症状によりC医院に通院していたところ,胸部X線撮影で左肺に異常陰影が認められ,

(イ)医師は,マイコプラズマ肺炎を疑い,その検査をしたが,検査結果では陰性であった。

(ウ)平成10年3月14日,B医師は,控訴人から,血痰が出た旨告げられるとともにティッシュペーパーに吐き出された痰を見せられた。
 B医師は,控訴人から以前にも血痰が出たことがあると聞き,肺結核の疑いもあると考え,同月16日,痰を採取して結核菌検査を行ったが,その検査結果は陰性であった。

(エ)被控訴人病院は,平成10年3月24日,来院した控訴人に対して胸部レントゲン検査を実施したが,その結果では,左肺に陰影が残存していたため,なお経過を観察することとなった。

(オ)平成11年7月18日まで,控訴人に対する喀痰細胞診は実施されなかった。

(カ)控訴人は,平成10年8月19日,前日より咳が止まらないとして被控訴人病院を受診した。受診の際,咳の症状を訴えていた。マイコプラズマ抗体検査,寒冷凝集反応検査,アレルギー検査等の結果は,いずれも陰性であった。

3 裁判所の判断

 以上の諸点を勘案すると,被控訴人病院の医師としては,控訴人が咳の症状を訴えて被控訴人病院を受診した同年8月には肺癌を疑い,遅くとも,同年9月初めころまでには,喀痰細胞診を実施すべき注意義務があったといわざるを得ない。以上によれば,被控訴人病院には,平成10年9月初めころまでには控訴人に対して喀痰細胞診を実施すべき注意義務があったのにこれを怠り,そのため早期癌の段階で控訴人の肺癌を発見し得なかった過失があるものというべきである。

4 本件のポイント

 レントゲンでは肺の陰影を見つけられないことがあること、喀痰細胞診検査により癌の早期発見が可能であることから、喀痰細胞診検査の有用性が認められる。

 また、①発熱、咳、痰の症状があったこと、②血痰の症状があること、③長期に症状が及んでいること、④他の細菌検査で陰性となっていること、⑤肺のレントゲン写真に陰影が映っていることから、喀痰細胞診検査義務を認めている。

 ①の症状は肺癌に限らず、風邪、細菌感染等で認められる症状でもある。そこで、④の事情が加わることによって、他の可能性が排除され、②血痰や③長期間続いていること⑤肺に陰影があることから、肺癌の可能性を疑えるとし、喀痰細胞診検査義務を認めている。

第4 まとめ

 以上のように、咳、痰、さらに血痰の症状を主訴し、長期間継続しており、原因が特定できていない場合には、喀痰細胞診検査をすべき義務が認められる可能性が高い。また、この検査自体、患者が吐いた血痰を材料に検査するものであり、患者に対する侵襲性もなく、容易にできることから、妥当な判断であると考える。