医療過誤における過失の判断は、「臨床医学の実践における医療水準」に従って判断されます。そして、この「医療水準」は、医療機関の規模などによって異なり、一般に高度な設備等をもたない開業医については、他の高度な医療機関に比べて、治療行為に対し求められる医療水準は低くなります。

 とはいえ、このことから直ちに開業医が責任を逃れるわけではありません。
 診察に訪れた患者の病気が重大で、開業医には治療が困難な場合であったとしても、開業医には、治療可能な適切な医療機関に転送しなければならない義務があります。
 今回は、この転送義務についての判例をご紹介します。

まず、開業医が転送義務を負うことを示した判例に、最判平成9・2・25があります。これは、開業医の下で顆粒球減少症の副作用をもつ多種の薬剤を継続的に投与された患 者が、その後自ら受診した国立病院で、同症と診断され、その後死亡したというものです。 この事案で最高裁は、

・開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにある。

・開業医が、長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは、その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべき

としました。

 そして、その後の最判平成15・11・11では、実際に開業医に転送義務違反が認められています。
これは、発熱等を訴えかかりつけの開業医を受診した患者が、点滴等の治療を受けるも症状がおさまらず、その後当該医師の紹介により転院したが、急性脳症により重い脳障害の後遺症を負ったという事案です。
この事案で最高裁は、

・点滴中にも、患者のおう吐の症状が治まらず、また、患者に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、母親が診察を求めるなどしたことからすると、その時点で、病名は特定できないまでも、その開業医の病院では、検査・治療の面で適切に対処することができない、急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができた。

・その時点で直ちに急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処しうる高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ患者を転送し、適切な治療を受けさせる義務があった

と判断しました。

 このように、開業医には、自ら対処できない病気の患者を診察した場合には、対処できる適切な医療機関に転送する義務があります。
 そしてこの転送義務を負う前提として、病名まで特定されることは求められておらず、重大で緊急性のある病気の可能性を認識できればよいとされています。

 さらに、転送先の医療機関が適切な治療をするには、転院までの経緯を把握しなければなりません。そのため、開業医は、単に転送するだけではなく、転院先の医師に、転院までに採った処置や患者の経過などについて詳細に説明することも求められます(名古屋高裁平成4・11・26)。

弁護士 池田実佐子