1 主な法的責任

 今回は、医療事故が起きた場合に医療機関側がどのような法的責任を負うのかご紹介します。医療機関側の負う法的責任には、主に、民事上の責任、刑事上の責任、行政処分、医療機関内部における雇用上の処分があります。

 以下、それぞれの概要についてみていきましょう。なお、それぞれの詳細については、「医師・医療機関の民事責任と法律構成」「医師の刑事責任」「医師に対する行政処分」の回をご参照ください。

2 民事上の責任

(1)医療機関

 医療機関で診療を受ける場合、通常診療契約が結ばれますが、契約の当事者は、病院等の医療機関です。そのため、医療機関は、債務不履行責任(民法415条)を負います。また、交通事故のような契約関係にない場合に加害者が負う不法行為責任(民法709条、使用者責任の場合は715条)も発生します。

(2)医師など医療従事者

 勤務をする医師らは、患者と契約関係にありません。そのため、不法行為責任(民法709条)を負います。

(3)債務不履行責任と不法行為責任

 患者が医療機関に対し責任追及する場合、債務不履行責任と不法行為責任のどちらで請求するかは自由に選択できます。ただ、不法行為責任の時効期間は3年、債務不履行責任の時効期間は10年ですので、不法行為責任が既に消滅している場合は、債務不履行責任でしか請求できません。

 双方の主な違いとして、過失等の立証責任をどちらが負うかという点があります。ただ、医療過誤の場合、どちらの構成でも、まずは患者側が、具体的にどのような義務違反があったのかを主張立証しなければならないことや、他方で、情報量の格差を考慮し、患者側の立証の負担を軽減するといった調整が行われていることから、実際には立証の点にあまり差はありません。

 他にも遅延損害金の発生時期や遺族固有の慰謝料請求権の有無といった点に違いはありますが、実務上、両方の構成で請求するケースが多いです。

(4)賠償責任保険

 医療機関側には、このような民事上の責任に備えるための賠償責任保険があります。

3 刑事上の責任

(1)業務上過失致死傷罪

 刑事上の主な責任は、業務上過失致死傷罪(刑法221条1項前段)です。この場合、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処せられます。医療刑事事件の立件件数は、一時期増加傾向にありましたが、平成20年に減少に転じました。この減少の背景には、大野病院事件の無罪判決(福島地判平成20年8月20日)が影響していると思われます。この事件では、通常の治療をしたに過ぎない医師を、身体拘束までして訴追するのは行きすぎだ、という批判の声が挙がりました。これを機に、刑事責任の追及の判断がより慎重になされるようになったといえます。

 起訴するか否かの判断は、検察官に大きな裁量が委ねられています。その際には、当然有罪の立証の可否が最大の判断要素になりますが、ほかにも、

① 患者本人か家族による告発があるか
② 被害の程度、それが甚大であるか
③ 当該医療従事者の行為や怠慢がどれだけひどいものであるか
④ 過失の証拠が明らかであるか
⑤ 当該医療従事者が被害者に補償を提供し、謝罪しているか

などの事項であり、他に関連事項として

⑥ メディアによる扱い
⑦ 医療界内部で専門家倫理違反に対する懲戒が甘いこと
⑧ 訴追がもたらす抑止効果

 などが考慮されるようです(ロバート・B・レフラー『医療事故に対する日米の対応』判例タイムズNo.1133、21頁)。
 なお、刑事責任は、刑罰権の発動という重大な効果を生じます。そのため、裁判例上、過失の判断は、民事責任の場合よりも厳格に判断されます。

(2)その他

 刑事上の責任として、その他に、カルテ改ざんについての証拠隠滅罪(刑法104条)、診断書等に虚偽記載をした場合の虚偽診断書等作成罪(刑法160条)、異状死体としての届け出をしなかったことに関する義務違反の罪(医師法21条・33条の2)等があります。

弁護士 池田実佐子