1 神経性食思不振症

 神経性食思不振症とは、いわゆる拒食症のことですが、この病気に罹患していた患者さんが、足のふくらはぎあたりに巨大血腫ができたため、某県立病院で手術をして入院したところ、入院4日目に死亡してしまいました。

 法律相談を受けた私が、ご遺族の方から事情を伺ったところ、不審な点を感じました。その患者さんには、10年以上も前に拡張型心筋症と慢性心不全という診断をされていたのですが、今回の死亡診断書には心臓突然死とあり、その原因は拡張型心筋症と慢性心不全であると記載されていたからです。

 本当は、この医療機関の担当医師も死因がわからないのではないか、拡張型心筋症と慢性心不全の持病があったため、説明の道具として都合よく使われたのではないか、という疑いを持ったんです。

 そこで、その県立病院を相手に証拠保全をかけて、カルテ等を入手した上で、2人の医師(循環器内科と外科)のアドバイスも参考にしたうえで、訴訟することは断念しました。

2 医療崩壊か?

 私が訴訟を断念したのは、医師や医療機関に責任がないという心証を持ったからではありません。
 むしろ、「やっぱりいろいろ問題があったんだなあ」と確信しました。

 まず、あれだけの血腫に対して手術を実施しているのに、速やかに入院させていない、外来の手術ですませているんですね。
 最終的には後日入院させてもらってはいるんですが、どうしてすぐに入院できなかったかというと建前上は、ベッドの空きがなかったから調整していたということなんですが、カルテ等を見ると、この患者さんを入院させたくなかったという本音の部分が書いてあったんです。

 神経性食思不振症の患者さんて、治療、特にカロリー輸液には強く抵抗する傾向があるんです。
 また、手術の術後管理ですから通常は一般病棟に入院させるはずなんですけど、この病気の患者さんは一般病棟だと他の患者さんとトラブルを起こすことも珍しくないようなんです。

 この症例でも、一般病棟ではなく精神病棟に入院させられております。建前上は、ベッドの空きが精神科で確保できたから、ということなんですが、本当は一般病棟では受け入れたくなかったからなんです(それも保全した資料にバッチリ書いてありました)。

 また、手術の内容から考えても外来扱いで手術後に帰宅させてよいようなものではなかったんです。確かに、外科手術した場合、常に入院が必要になるわけではありません。私も若い頃にスポーツで怪我をして簡単な手術(頭部を5針ぐらい縫しました)を受けましたが、普通に帰宅しています。
 しかし、この患者さんの場合、足にできた血腫が異常なほどの巨大血腫(協力医のひとりは、「こんなにすごい血腫見たことない」と感想をもらしていました)で、手術の際の出血も相当量に及んでいるんです。おまけに、手術には一般的に合併症や感染症のリスクがあるのですが、この患者さんの場合、かなりの低栄養状態で免疫力もかなり低下していたはず…。
 実際に入院措置がとられたのも、県立病院内部の医師の「これ、入院させないとまずいんじゃないか」という発言に端を発しています。

3 結局、死因は特定できず

 これだけいろいろ問題がある事案だったんですが、患者さんの遺族にとって最大の弱みは、「解剖していないこと」です。

 もちろん、全ての医療事件で解剖していないと死因が特定できないわけではありません。
 しかし、このケースでは解剖していないために、お手上げでした。

 CTRは非常に拡大していました。単純X線写真の画像を見ると、右側の横隔膜が著しく挙上しており、肺水腫も疑われました。
 CRPも正常値を越えており、何らかの細菌感染の可能性もありました。

 でも、「So what?」なんです。いろいろ疑われる所見が散見できても、死亡の理由を説明するにはほど遠いんです。

 感染症が原因となって、DIC(播種性血管内凝固)を発症したのかもしれません。
 別に、DICを疑うに足りる十分な所見が何かあったわけではありません。でも、協力医の先生は、「それも可能性としてはあるよ」とおっしゃっていました。

 ちなみに、遺族が解剖を見送った背景には、県立病院の医師とご遺族との間で以下のようなやりとりがあったんです。

医師「解剖すれば、もう少し死因がわかるかもしれない。でも、デメリットはご遺体を傷つけることです」
遺族「これ以上傷つけるのは可哀想なので解剖はなしでお願いします」

 まるで、白い巨塔の名場面と同じではありませんか!
 この部分を読んだ協力医の先生も、「普通、医者はこんなことは言いません。たぶん、解剖したくなかったんでしょうね」とおっしゃっていました。

4 問われるのは、精神科と内科・外科の架け橋

 それでも2人の協力医の先生は、裁判は薦めないということでした。

 もちろん、弁護士の立場からすると、そもそも本当の死因も分からないし、過失も因果関係も特定できないのですから、当たり前と言えば当たり前なんですが、医師の立場からすると、「この患者さんの治療はできない」ということなんです。
 医療に強く抵抗するし、点滴しても自分で抜管してしまう。医療機関らすると、ちゃんと治療をしてあげられないタイプの患者さんなんです。
 「このような事例で医師の責任が問われたのでは、医療崩壊に繋がる可能性もある」と感想をもらしている医師もおりました。
 要するに、酷な言い方をすれば、このような患者さんって、今問題視されている「モンスター・ペイシェント」と同類なんですね。

 でも、私はそれはおかしいと思います。このような患者さんは、決して「モンスター」ではありません。病気が原因で治療を拒絶しているんです。モンスターと同視して医療の提供を拒否してしまうということが許されるのであれば、精神疾患に罹患した人は、まともな内科・外科治療もうけられなくなってしまう。それはおかしいと思います。
 特に、神経性食思不振症のような摂食障害は、統合失調症やうつ病などの精神疾患と異なり、内科や外科などの治療が先行き必要になってくる疾患だと思います。なぜならば、低栄養や饑餓状態を招くからです。
 したがって、この病気は、もはや精神科の領域であるといって片付けるのではなく、内科や外科などの一般の医師たちの領域であるという認識を持つことが必要なのではないでしょうか。
 そして、一般病棟から排除して精神病棟に追いやるのではなく、一般病棟でもしっかり治療を行える病院としての体制構築が必要なのではないかと思います。