前回の記事はこちら:抗がん剤の裁判例(原告勝訴事案)1

 本件では、

 「若手医師と経験の長い医師に研修医を加えた三人で医療チームを組み、治療方針・方法は、まず、当該チーム内で討議し、チームとしての方針を決め、それをさらに科長に上申して承諾を得、初めて患者に実施することになっていた」

 損害賠償責任が認められたのは、①若手医師、②経験の長い医師、③(診療)科長、の3人と被告病院であり、研修医の過失は否定された。

 ①若手医師、②経験の長い医師、に過失が認められたのは自然な流れであろう。
 これに対し、③(診療)科長に過失が認められた理由は、以下の通りである。

「診療業務の最高責任者として、個々の患者の生命・身体に対する危険を防止すべく、治療の具体的内容にわたり、間違いのないように監督する義務を負っていたものであるところ、訴外松子に行われようとする治療が、生命に危険を及ぼしかねない抗がん剤治療であることを認識していた上、被告B山は、科長としての権限に基づき、個々の患者に対する治療をコントロールし得たのであるから、被告B山がその危険性を認識し、各薬剤の副作用等を含めた内容について自ら十分に理解し、確認していれば、訴外松子に対する過剰投与は防ぐことができ、また、副作用についても適切な処置が行われた可能性があるのであって、被告B山には、原告らの主張する各過失が認められる。」

 これに対し、研修医の過失が否定された理由は、以下の通りである。

「医療センター耳鼻咽喉科における研修医は、先輩医師の指導を実行していく過程で得る経験を積むことによって、医師として必要な知見を養う時期にある者であって、医師として治療方針の決定に主体的に参画するという役割は、期待されていなかったものである。

 もっとも、前記認定によれば、被告A田は、訴外松子に対する医療チームの一員として名を連ねていたこと、VAC療法及び滑膜肉腫に関して、自ら積極的に勉強しなかったことは認められ、また、被告A田がVAC療法あるいは硫酸ビンクリスチンについて調査研究を行っていれば、訴外松子に対する抗がん剤の投与計画の誤りを発見できた可能性も否定はできないが、上記のような研修医の従属的立場や、治療方針が実質的には専ら研修医以外の医師らによって決せられていたことからすれば、被告A田が、本件において、訴外松子の死亡について法的責任を負う立場にあったとは認められない。
 したがって、被告A田の不法行為責任に関する原告らの主張は、採用できない。」

本件で、治療計画が策定された経緯は、以下の通りである。

 「本件プロトコールは、横紋筋肉腫の項の中で、IRSが行っている方法として、横紋筋肉腫のステージ分類の表とともに引用されているものであり、このプロトコール自体は、横紋筋肉腫の患者をステージ別に分類した後にグループ分けし、それぞれに異なる治療方法を行って、その効果を比較するという、研究の内容を示すものであった。同プロトコールにおいては、表題である「図八 IRSの治療プロトコール」以外の内容はすべて英語で記載され、表題の下に「Group Regimen Week」との記載があり、一行目には、〇から五四までの偶数が記載され、その後に「/57/2yr」と書かれ、各数字が週を表すことを示していた。そして、その下に、AからFまでの六行に分けて、抗がん剤の投与の間隔が、各薬剤ごとに、緑色の三角形、ピンク色の逆三角形、青色や黄色の四角形、肌色の横線等の記号を用いて表され、注釈として、各記号と各薬剤の対応関係、各薬剤の投与量(一部の薬剤については一回当たりの最大投与量)、投与方法が記載されていた。なお、これらの六行の投与方法は、「Ⅰ a,b surgery randomize」にA、Bの二行、「Ⅱ a,b,c surgery randomize」にC、Dの二行、「Ⅲ, Ⅳ biopsy randomize」にE、Fの二行が、各々分類されて記載されていた。

 本件文献には、前記のとおり、「滑膜肉腫」についての項もあったが、同項では、「治療」として、「本腫瘍にとって確立した化学療法はみられないが、現在、ADR、CDDP、IFOS、VP―16を中心とした化学療法を術後に施行している。」との記載があるものの、VAC療法の適応を述べる記載はなかった。被告C川は、同項にも一応目は通したが、確立した治療法はないという記載から、滑膜肉腫にVAC療法を行うことについて特に疑問を抱かなかった。

 被告C川は、本件プロトコールを見つけたことで、これで訴外松子に対し、VAC療法を行えば良いと考え、同図を拡大コピーして、本件プロトコールを入手した。しかし、本件プロトコールの内容を熟読することなく、それまで被告C川が使用していたプロトコールが、すべて日単位で記載されていたことから、本件プロトコールも同様であろうと思い込み、本件プロトコールが、一行目の数字に記載された日ごとに、各薬剤の投与を指示するものと誤解した。そして、同図を参照として引用している本文を読むことも、英語による各記載の意味を調べることもせず、さらにはその図に記載されている「Group Regimen Week」との記載にも気がつかず、また、同図の作成された目的も理解しないまま、訴外松子に放射線治療を行う予定がない等のことから、本件プロトコールのAの行の計画に従って(ただし、数字の表示については、日単位で)、同行に記載された薬剤を投与すればよいものと考えた。被告C川は、このとき、硫酸ビンクリスチンが連日投与を禁じられている薬剤であるとは知らなかったが、薬剤の投与方法さえ分かれば足りると考えていたことから、使用薬剤の特性や作用機序、副作用等を調査しようとは思わなかった。

 被告C川は、同日から同月二〇日ころまでの間に、拡大コピーした本件プロトコールを持って、被告E田のところへ行き、そのコピーを渡すと共に、訴外松子が再び医療センターで治療を受けることになったことを伝え、その方針としてVAC療法を行うこと、すなわち、同プロトコールのAの行に従い、抗がん剤の投与を行うことを提案した。」

 そもそも、  「硫酸ビンクリスチンが連日投与を禁じられている薬剤」、
 であり、そのことさえ知っていれば、本件における硫酸ビンクリスチンの投与方法が誤りであることは容易に知り得た。
 また、プロトコールでは、滑膜肉腫について

 「本腫瘍にとって確立した化学療法はみられないが、現在、ADR、CDDP、IFOS、VP―16を中心とした化学療法を術後に施行している」

 とされており、VAC療法が有効との記載はない。
 さらに、

 「看護師は、被告C川の作成した医師注射指示伝票が、一日二mgの硫酸ビンクリスチンを毎日投与することになっていることに気が付いた。同看護師は、小児科病棟での勤務経験を有し、その際の抗がん剤の投与は、週に一回を限度とし、その量も一〇分の一mg単位であったことから、被告C川の上記指示に疑問を抱き、ナースステーションの冷蔵庫に保管されていた硫酸ビンクリスチンの能書を確認しようとした。」

 との事実が認定されており、抗癌剤の投与量の異常さは看護師でも分かる程度のことであったことが伺える。

 本件では、担当医が英語文献を漫然と参照し、特に調査することなく抗癌剤治療を実施した結果、「日」と「週」を誤って抗癌剤を投与するという重大な過失を犯しており、損害賠償責任が認められたのは当然と言える。

 通常の使用方法から逸脱した抗癌剤の使用に、注意義務違反が認められる可能性が高いのは当然である。ただし担当医らは、本判決前に業務上過失致死罪でも有罪判決を受けている。

 本件ではその逸脱の幅があまりに大きいこともあり、他の類似事案を扱うときは、その点の注意が必要である。

 なお、本件では67歳までの労働能力喪失期間が認められている。

 しかしながら、通常の抗癌剤を使用する場面では患者の容体は相当悪いことが多く、死亡との因果関係が争われることも多いと思われる。抗癌剤に関わる医療訴訟を扱うときは、死亡との因果関係についての手当てが重要となることを忘れてはならない。以下は判決の内、その点について述べられた部分の引用である。

 「滑膜肉腫については、一般的に、肺に転移しやすく、予後は不良とされ、一般的生存率としては、「整形外科・病理 悪性軟部腫瘍取扱い規約」(日本整形外科学会骨・軟部腫瘍委員会編)では、「五年生存率は五〇~六〇%前後であるが、一〇年生存率は急激に落ちる。組織型と予後との間には明らかな関係はないが、低分化性のものの方が悪い。」とされ、国立がんセンターホームページでは、「(生存率)五年生存率をみると、滑膜肉腫九一・七%でした。」等とされている。

 他方、前記認定のとおり、滑膜肉腫が悪性軟部腫瘍とされながら、長期生存例が見られ、近時、滑膜肉腫の予後因子の抽出を目的とする研究が相当数発表され、それらにおいては、患者の年齢、腫瘍の大きさ、手術方式(広範切除か辺縁切除か、四肢に発生した場合には切断術が行われたか)、術前・術後補助療法の有無・種類、腫瘍細胞の形状、腫瘍の壊死の有無等に着目した統計学的分析が行われていること、手術技術その他の治療技術の向上により、生存率が次第に改善されており(甲四一の三六添付「滑膜肉腫の治療と予後因子について」)、「二五歳未満の患者の生存率は、五年及び一〇年生存率がともに約八〇パーセント、一五年生存率が約七〇パーセント、二〇年生存率が約六〇パーセントであった。」とか、「腫瘍が五cm未満の患者の生存率は、五年生存率が八〇パーセント強、一〇年及び一五年生存率が八〇パーセント弱、二〇年生存率が約六〇パーセントであった。」等の報告がされていて、滑膜肉腫は、肺へ転移しやすく、腫瘍部位の局所コントロール(再発防止)と十分な全身療法が必要な疾患ではあるが、その長期間の生存率は必ずしも低いとはいえない上、前記のとおり、訴外松子が一六歳であったこと、腫瘍が四cm大であったこと、核分裂像が一〇hpf当たり一ないし二であったこと、転移が発見されていなかったことを考えれば、その生存率は高くなるものと推測されるので、訴外松子が平均余命まで生存し、六七歳まで就労する蓋然性は高いものと推認される。」