医師や医療機関の責任を追及するためには医師の過失を要します。
 そして、民事責任を追及する場合の過失の判断は、「臨床医学の実践における医療水準」に従い判断されます。

 では、その「医療水準」はどのように設定されるのでしょうか。
 医師といっても大学病院の医師から地域の診療所の医師までおり、その専門とする分野も様々ですが、その求められる医療水準は同じなのでしょうか。

 この点について、最判平成7・6・9(姫路日赤未熟児網膜症事件:この事件の詳細はまた後日ご紹介します)は、医療機関に要求される医療水準の判断に当たっては「当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべき」と述べています。つまり、医療水準は一律ではなく医療機関の特徴等を踏まえ設定されることになります。

 そして、新規の治療法に関する知見の普及の程度から、その医療機関にその知見を有することを期待することができる場合は、特段の事情がない限り、右知見はその医療機関にとっての医療水準となる、としています。

 さらに最高裁は、医療機関としては所属する医師らにその知見を獲得させておくべきことも指摘しています。

 このように、医療機関の性格等によって判断される理由は、有効性と安全性が是認された治療法とその知見や技術・設備等の普及には医療機関ごとにタイムラグがあることにあります(技術・設備等の普及には財政上の制約等もあります)。

 新規の治療法は、通常、先進的研究機関を有する大学病院や専門病院、地域の根幹となる総合病院、その他の総合病院、小規模病院、一般開業医の診療所の順で普及するとされています。そのため、通常はこの順番で医療水準も上下しうることとなります。

 なお、上記最高裁は、医師の専門分野によって普及の程度が異なることについても触れているところ、医師の専門分野も考慮要素になります(下記最判平成8・1・23(ぺルカミンS事件))。

 では、例えば開業医が「開業医に求められる医療水準を超えた治療であった」などと言った場合に責任を逃れられるのでしょうか。

 上記判例は、医師が知見や技術・設備等をもっていない場合は、他の医療機関に転医させる義務を負うことも指摘しています。
 そしてその後の最判平成9・2・25(顆粒球減少症事件)は、

「開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにある」

と述べています。

 最判平成15・11・11も、病名は特定できないまでも、自らは対処できない何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができたなどの事情から、転送義務を認めています。

 では、医師が「他の多くの医師が行っている医療慣行に従った」などと主張した場合、注意義務を尽くしたことになりうるのでしょうか。

 麻酔剤ぺルカミンS投与時の血圧測定を何分間隔で行わなければならなかったかが問題となった最判平成8・1・23(ぺルカミンS事件)は、

  • 医療水準は、医師の注意義務の規範となるものだから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではない。
  • 医薬品の添付文書に従わずに事故が発生した場合、従わなかったことについて特段の合理的理由がない限り、医師の過失が推定される。
    本件では合理的理由はない。
  • 仮に当時の一般開業医が医薬品の添付文書に記載された注意事項(2分間隔で測定すべきと記載されていた)を守らず、5分間隔で行うのを常識とし、そのように実践していたとしても、これに従ったというだけでは、医療水準に基いた注意義務を尽くしたとはいえない。

と判断しました。

 以上のように、過失の判断の前提となる医療水準は事案ごとに異なりますから、患者側としては、その医療機関にどれほどの医療水準が求められていたのかについて、医療機関の性格などを踏まえて主張・立証することが重要となります。

弁護士 池田実佐子