1 分子標的薬

 イレッサという薬が登場した際、非常な関心が高まったのを覚えていますか。
 従来の抗癌剤と比べて副作用が格段に少ないという前評判があったからです。

 そして、その前評判とも関連しますが、この薬が日本に紹介されて臨床の現場で使用されるようになってから、副作用で死亡する症例が相次ぎ、ちょっとした騒ぎになりましたね。
 死亡という副作用があまりにもショッキングだったことに加えて、副作用が少ないはずという前評判があっただけになおさらでした。

 ところで、イレッサには、どうして副作用が少ないという前評判があったのでしょうか。

 それは、イレッサが、通常の抗癌剤と異なり、「分子標的薬」だったからです。

 抗癌剤というのは、これは一般的に広く知られているように、癌細胞だけではなく、正常細胞まで攻撃してしまう。副作用が強いのは、こうした抗癌剤の特徴によるものと考えられているのです。

 ところが、分子標的薬は違う! その名が示すとおり、癌細胞の分子のみを標的にして攻撃してくれる!分子標的とは癌細胞だけを標的にするという意味なんですね。

 何だか格好いいですよね。確かに、悪い癌細胞だけ攻撃してくれるんだったら安心です。正常細胞がおかしくなることもない。副作用の心配もしなくていい…。

 でも、この薬が日本に紹介されたとき、「副作用が少ない」という前評判はありましたが、「副作用がない」とは言われていなかった。
 ということは、やっぱり癌細胞だけを攻撃するのは技術的に難しいんでしょうね。あくまでも従来の抗癌剤と比べれば、正常細胞に優しいということだと思います。

2 イレッサの副作用

 さて、それでは気になるイレッサの副作用について見てみましょう。

 死亡事故が相次いだため、死亡するケースが多いのではないかと思う人も少なくないと思いますが、具体的にどのくらいの割合の人が亡くなられたと思います?

 私の手元にある参考文献(あんちょこみたいな文献ですが、医学書院から出ている「医学生の基本薬」です)によると、約2%という報告があるそうです。

 「何だ、たったの2%か」と思った人もいるかもしれませんが、この数字は決して低くはないと思いますよ。100人の患者さんに投与されたら、そのうち2人死亡するんですから。

 やっぱり、1万人にひとりとか、10万人にひとりくらいの割合でないと、人ごとではないと思います。

 死亡以外にはどのような副作用があるのでしょうか。

 死亡に次いで、やや深刻な副作用は、急性肺障害と間質性肺炎があるそうで、約6%だそうです。

 そのほかに高頻度の副作用としては、発疹、皮膚乾燥、下痢などが指摘されております。

3 非小細胞癌に対する薬効

 イレッサには、副作用が少ないという前評判のほかに、もうひとつ期待されていた前評判があります。それは肺癌のうち、非小細胞、特に腺癌に奏功するという前評判でした。

 肺癌で最も悪性度の高いのは小細胞癌ですが、比較的抗癌剤は効きやすいと言われてきました。
 そうはいっても相手は小細胞癌ですから、抗癌剤が少々効いてもその悪性度には勝てず、予後は極めて悪いんですけどね。「抗癌剤が効く」という意味は、癌細胞が一時的に縮小したという意味にすぎず、治るという意味ではありませんしね。

 これに対して、腺癌などの非小細胞癌は、悪性度という点では小細胞癌よりもマシなんですが(あくまでもマシという程度です)、抗癌剤がなかなか効かないとされてきました。抗癌剤が効かなくても、小細胞癌よりも通常余命は長いです。それでも、肺癌ですから、恐い癌であることに違いはなく、手術適応がなければまず助からない。

 そのような癌に効くという前評判があったわけですから、期待が高まるのも当然です。

 実は、私の母も肺腺癌で亡くなっており、平成4年のときですから、当然、イレッサなどなく、抗癌剤の投与は私が拒否しました。効かないのに副作用だけ出る薬を投与するなんて可哀想ですから。
 それでも、医師から余命半年と言われていたところ、母が亡くなったのは、余命宣告から8ヶ月後でした。
 もしこの薬が当時存在していたら、もしかしたら私もこの薬に賭けてみたかもしれませんね。

 では、その成績ですが、この点に関してはデータがあるようです。

 イレッサが日本で承認された前後で生存期間を比較したところ(136症例)、承認前では約13.6ヶ月だったのに対し、承認後は約27.2ヶ月だったそうです。この差はけっこう際だっていますよね。
 でも、これはEGF受容体遺伝子に変異がある症例の場合だそうです。

 EGF受容体遺伝子に変異がない症例では、承認前が約10.4ヶ月、承認後が約13.2ヶ月だそうです。あんまり変わらないですよね。

 したがって、イレッサの薬効がとりあえず確認されたのは、あくまでもEGF受容体遺伝子変異がある症例に限られるようです。