1 MRSA

 以前にもブログで書きましたが、これもMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の症例です。

 黄色ブドウ球菌は、ヒトの体に棲みついている常在菌ですので、外科の分野ではよく術後感染症で問題となるのですが、医療裁判では感染ルートの特定が困難で患者側の勝訴が難しい症例であることは以前にブログで書いたとおりです。

 今回紹介する判例は、MRSAの事件で数少ない原告(患者側)勝訴の判例なんですが、興味深いのは、裁判所が「因果関係なし」と明言しておきながら医師に賠償命令した点です。

 事案を簡単に紹介すると、直接の死因は、痰詰まりによる呼吸不全なんですが、この痰詰まりの原因がMRSAであると認定されております。要するに、MRSAの気道感染で喀痰が増加したというのですね。

 最終的には、MRSAの感染を見つけて、MRSAに有効であるとされるバンコマイシンという薬を投与したのですが、時期既に遅しで、患者さんは前述したとおり、痰詰まりによる呼吸不全で死亡してしまったわけです。

 それなのに、裁判所がなぜ因果関係なしと判断したかというと、この患者さんには心不全の既往歴があったことや、痰詰まりによる窒息死の可能性は他の病院でも指摘されていたこと(MRSAで喀痰が増加しましたが、元々痰が詰まる傾向にあった患者さんだったんですね)、おまけにこの患者さんは当時91歳という高齢で抗生物質の投与には慎重にならざるを得ない、などといった事情が重なったため、仮にもっと早くバンコマイシンを投与していたとしても、患者の死亡を回避できた高度の蓋然性は認められないという判断になったんです。

 したがって、結論としては、因果関係はないと判示されています(東京地裁八王子支部平成17年1月31日判決)。

2 損害賠償の根拠

 然るに、裁判所が医師の賠償責任を肯定したため、患者に対する温情判決という見方もあり、また医療機関側の弁護士さんたちからは批判の強い判例になっています。

 しかし、この判例を「因果関係がないのに賠償責任を認めた判例」として位置づけるのはかなり不正確な理解であり、賠償責任を認めるに至ったロジックを確認する必要があります。

 裁判所は、「死亡を回避できた高度の蓋然性はない」としながらも、「患者がその時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められる場合には、賠償責任を負う」として、ここで患者側を救済しているんです。

 「相当程度の可能性」理論については、私の10月21日のブログで詳しく書きましたが、因果関係を判断する際の「結果」をどのように捉えるかの問題です。仮に救命できなくても、多少でも延命できれば「その日には死ななかった」と言えるわけで、その日に死んだのは医師の過失のせいなんだから、因果関係は肯定できることになります。

 裁判所がこの相当程度の可能性理論を使って医師の賠償義務を導いている以上、因果関係不要論を採用したという理解は行き過ぎです。

 ただ、この理論の問題点は、どの程度の延命可能性がある場合に、患者の要保護性を肯定するのか、その基準が判然としない点です。極端に言えば、一日延命できた可能性があれば、「その時点でなお生存していた」とするのか(これはちょっとやりすぎですよね)。

 ちなみに、この裁判例では、裁判所もそれほど長期間の延命を想定していたわけではないと思います。なぜならば、裁判所が認容した慰謝料額は、わずか200万円だからです。200万円では、下手をすれば、弁護士に支払った着手金にも満たないでしょう。
 このように賠償額で調整すれば、比較的短い延命利益でも不当な結果にはならないと思います。