1 脊柱管拡大手術について

 脊椎の中心部には、脊柱管(=脊椎管)が通っています。皆さんご存知のように、脊髄とは神経系を司る重要な器官でありますが、その脊髄を保護する役割を脊柱管が担っているのです。

 脊柱管狭窄症とは、文字通り脊柱管が狭くなっている状態を表します。頸椎脊柱管の前後径は、第5頸椎において男性が平均約17mm、女性が平均約16mmとされており、12mm以下で圧迫性の症状が生じる危険が多いとされています。

 椎間板ヘルニアとは、円盤状の繊維軟骨組織である椎間板が脱出し、神経根や脊髄を圧迫している状態を表します。

2 東京地判平成15・10・29

 この事案は、「原告が、被告の経営する大学病院において頸椎脊椎管狭窄症、頸椎椎間板ヘルニアのため、脊椎管拡大の手術を受けた後、脊髄損傷になり四肢体幹機能障害の後遺障害を負ったことから、原告らが、被告に対して、手術の際の手技上の過失及び上記手術についての説明義務違反を主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求」した、というものです。

 結論を言いますと、この事案では手技上の過失は否定されたものの、説明義務違反として600万円の損害賠償請求が認められました。一般的に、説明義務違反と患者の死亡・傷害・後遺障害との間に因果関係が認められることは極めて難しいとされています。そしてこれらとの間に因果関係が認められなければ、本件のように、自己決定権侵害によって被った精神的損害のみが損害とされてしまうことが多いです。このような精神的損害は、一般的に50~200万円程度の低い金額に抑えられてしまうことが多く、説明義務違反が認められたところで必ずしも被害者の保護は十分ではありません。

 判決は、

「慰謝すべき金額については、本件手術が脊髄という危険な部位についての手術であって、その結果いかんによってはその後の人生を大きく左右するものであるから、これを受けるかどうかの選択は原告X1にとって極めて重大な事項であることを特に考慮し、その他本件に現れた一切の事情を考慮して、600万円とするのが相当である」

 と述べ、慰謝料金額を600万円とした理由についても詳しく判示しています。

 地裁の裁判例なので直ちに一般化することは出来ませんが、「結果いかんによってはその後の人生を大きく左右する」手術であることを理由に、慰謝料額が増加する余地を示唆している点は、患者側弁護士にとって参考になります。

3 手技上の過失について

 本題である「手技上の過失」に話を戻すことにします。

 この裁判例は、「a病名は頸椎脊椎管狭窄症、頸椎椎間板ヘルニアで、しかも重症な変形性頸椎症である。b放置すると重大な神経症状を呈することがある。

 c本件手術では、首の後側を切開し脊椎に至り、脊柱管の狭窄のある部分の骨を外して、脊髄に対する圧迫を取る手術を行う。また、骨を外したままでは安定が悪いため、腸骨の一部を移植して外した骨片を持ち上げるようにして固定する」ものであることを前提に判断をしています。

 cの事実を見ただけで、本件で行われた手術が危険なものであることは容易にイメージ出来ることでしょう。

 この裁判例は、

「本件手術は脊髄の至近で行われ、脊髄を取り囲む髄膜に接する椎骨を切断し外すというものであるから何らかの手技上の過誤によって脊髄に損傷を与える可能性は、一般的には、否定することができない。とすれば、手技上の過誤があった可能性が否定されず、かつ脊髄損傷の原因について他に合理的な理由が全く考えられない場合や、想定される手技上の過誤の可能性と比較して他の原因によって障害が生じた可能性が相当低い場合には、本件手術中に手技上の何らかの過誤があった、すなわち過失があったと推定するのが相当である。」

 との枠組みを前提に判断しています。これは、原告の側でいかなる手技上の過誤であったかを主張立証する必要がない場合があることを示唆したものと言え、患者側の立証上の負担の軽減をはかる意味での効果は大きいです。(もちろん、患者側弁護士としては出来る限り手技上の過誤を特定する努力をすべきであることは言うまでもありません。)

4 結論

 ただし裁判例は、

「原告X1の脊髄損傷の原因は被告が主張する原因のとおりであると確実に認められるとはいえないにしても、その可能性は認めることができる。これに対して、手技上の過誤が原因である可能性は、皆無とはいえないが、かなり低いといわざるをえない。したがって、被告病院の医師らに何らかの手技上の過誤があったと認めることはできないというほかない。」

 と述べ、手技上の過失を否定しました。

 裁判所は、被告が主張する原因について、「その可能性が全く医学的根拠を有しないかどうか、医学的根拠はあっても原因となった可能性が相当低いかどうか」をメルクマールに判断しているようですが、この判断基準は捉え方次第では患者側有利にも病院側有利にもなる極めて流動性の高いものです。

今後同様の判断基準を採る判決が出た場合は、早急に分析をする必要があると言えます。