前回の記事はこちら:乳癌の骨転移の見落とし 前半

裁判例:東京地判平成8年10月21日

 乳癌の再発の発見が遅れたことについて過失を認めた事例

1 過失について

 再発乳ガンに対しては早期発見・早期治療が重要であるところ、

 ①丙野医師は、自ら花子の乳ガンの手術を行い、その後の同人の診察を担当し、花子の通院回数が少ないところから、術後補助療法が十分に行われていないことを認識していた上、

 ②平成4年3月17日には花子の右痛みの主訴(右胸壁の激しい痛みを訴えていた)に接し、局所に発赤を認めたのであるから、

 乳ガンの再発を相当程度疑い、再発の発見のための積極的な検査を進めるべきであった。しかも、乳ガンの再発型式としては骨転移のみではなく、軟部組織への再発も相当の割合で存在するのであるから、丙野医師は、当時の医療水準に照らし、骨転移のみならずあらゆる再発型式を想定して、胸部レントゲン写真撮影、骨シンチのほか、肝臓超音波、CT、局所部分の細胞診等の諸検査を積極的に実施すべき義務があり、右義務を尽くしていれば、遅くとも同年4月ころには乳ガンの再発と診断することが可能であったというべき。

 しかるに、同医師は、5年以上経過後の乳ガンの再発部位は大半が骨であると思い込み、骨転移を念頭において血液検査、胸部レントゲン撮影及び骨シンチを行ったのみで、骨シンチで骨転移が否定された後は、・・・右諸検査を十分に行わず・・・肺及び肝臓への遠隔転移が明らかに認められるに至った同年11月18日まで乳ガンの再発を発見しなかったのであるから、発見が遅れたことにつき過失があった。

2 因果関係

 再発乳ガンは、既に初発の時点で微少転移が全身に広がっており、再発を発見したとしても、遅からず必然的にリンパ節及び肺、肝臓等への全身転移が始まり、これに対しては、現在の医療をもってしても治癒は不可能であって、化学療法により延命を図るほかないのであり・・・死亡との間の因果関係は否定。

 しかし、再発乳ガンの予後は、肝転移の有無に大きく左右され、肝転移が認められた場合の予後は極めて不良であるか、術後5年以上経過後の再発例の多くを占める軟部組織あるいは骨転移のみの場合には、内分泌療法が奏功し、相当程度の延命効果があること、一方、治療を行わなかった場合は、徐々に全身への遠隔転移が進展する。

 本件においては、丙野医師が乳ガンの再発を発見することが可能であった平成4年4月の時点・・・から実際に再発と確定された同年11月までの間において、・・・外観上明らかな症状の悪化がみられる。右症状の変化に鑑みると、右期間における全身転移の程度にも、無視しえない差異が生じており、右症状の悪化により花子の延命可能性は少なからず減少した(と推認できる)。

 したがって、花子が平成4年4月の時点より右内分泌療法等の治療を受けていれば、右治療が功を奏し、死期を実際の死亡日である平成5年9月21日より相当期間遅らせることができた高度の蓋然性があり・・・延命治療を受ける機会を、同年11月18日に至るまで奪われたのであって、右過失と延命利益の喪失との間に因果関係を認めるのが相当。

3 損害

 医師は、専ら骨転移のみを念頭におき、他の再発型式を全く考えず・・・約2カ月にわたり・・・見当はずれともいうべき過骨症に対する治療を実施させ・・・もはや手遅れの状態に至った同年11月まで乳ガンの再発を看過したものであって、これは医師に対する信頼の点から軽視することはできない・・・慰謝料としては、金300万円が相当。

弁護士 池田実佐子