前回の記事はこちら:肺血栓塞栓症(敗訴判例)2

第5 大阪地裁平成20年11月25日

 平成17年9月21日午後7時頃、患者が呼吸困難を訴え、同日午後8時10分頃、被告病院に搬送されたところ、同月22日午後4時11分頃、急性肺血栓塞栓症で死亡した事案。
 患者が搬送時の時点で急性肺血栓塞栓症を発症していたことを前提に判断している(=①の過失は問題とならない事案)

「原告は,担当医師は,搬送時から21日午後10時ころまでの間に得られた所見等から,Aについて急性肺血栓塞栓症を疑い,直ちに鑑別診断のための心エコー検査及び造影CT検査を行うべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠ったと主張する。」

 主として、検査義務違反が問題となっている。

 本件では、医師が肺血栓塞栓症の可能性を初めて考えたのが、平成22年9月22日午前10時44分であるとされ、心エコー検査の実施をオーダーしたのは同日午前11時54分とされている。同日午後0時40分頃心エコー検査の結果、肺血栓塞栓症が強く疑われたが、同日午後1時15分ころ、患者の容体は急変し、心停止となった。

 以下は判例の抜粋だが、本件では適切な検査がなされていたことを前提に、肺血栓塞栓症を疑わなかったこと(疑うのが遅れたこと)がやむを得なかったと判断している。

「鑑定の結果によれば, AのpO2(69.4mmHg)は下限値とされている値(75mmHg)より低い値であったものの,低さの程度は大きくなく,わずかな低酸素血症があって努力呼吸をすることによりカバーしている状態であり,呼吸不全(一般にpO260mmHg以下であると定義されている。甲B9,13)と評価されるほどの重篤な低酸素血症ではないといえること(鑑定人L,同M), 本件レントゲン写真からは,心臓の陰影が若干大きく,左第2弓肺動脈の起始部が少し太いことが認められるが,著明に大きい又は太いというものではなく,肺野については透過性亢進を含め異状と認める所見はないこと(鑑定人N,同L,同M), 本件心電図検査の結果からは,右側胸部誘導における陰性T波が認められるものの,同所見は,Aが貧血,糖尿病等で受診していた間の平成16年9月21日に行われた心電図検査の所見とほぼ同じであって,新たな変化を指摘することができないものであること(鑑定人N,同M), 搬送時から21日午後10時ころまでの間に得られたAの所見等は,いずれも肺血栓塞栓症に特異的な所見ではなく,摂食不良による脱水,消化管出血(貧血),心筋梗塞,誤嚥性肺炎等の疾患においても見られるものであること(前記2の医学的知見,鑑定人N,同M), これらの点からすると,救急外来の臨床現場において,上記の間に得られた上記所見等からAにつき急性肺血栓塞栓症を積極的に疑うことは困難であった」

肺血栓塞栓症の診断には、心エコー検査が重要であることは指摘している。
「(オ)心エコー
簡便で実用的な方法であり,肺血栓塞栓症の検査手順として有用であるとされている。右室拡大,心室中隔の奇異性運動,三尖弁逆流,下大静脈の拡大等の右室負荷の所見が認められる。」
本件では、患者は搬送されてから17時間程度で重症化している。
「21日午前9時14分」の時点、「22日午前9時14分」の時点、双方について心エコー検査を行うべき注意義務違反を否定している。
搬送から死亡までの時間が長いほど、検査義務違反が認められる方向に傾くものと思われる。
どの時点で注意義務違反が認められるかは、死亡との因果関係の判断にあたり極めて重要な意味を持つ。
本件では、注意義務違反なしとして、請求棄却。

第6 仙台地裁平成20年8月19日

 平成16年6月8日、患者が右下肢を痛めたことから、被告病院の診察を受けた。その後も被告病院への通院を続けたところ、同月25日、被告病院で診察中に心肺停止に陥った。同日午後6時51分、別病院に搬送されたが、同月26日午前11時20分、肺血栓塞栓症で死亡した。

 ガイドラインが公表されたのは平成16年10月であることを前提に判断(=ガイドラインは必ずしも医療水準になっていない)
 下記の通り、患者は危険因子を有していたものの、肺血栓塞栓症ではなく、過呼吸症候群を疑ったことも、諸般の事情からやむを得ないとした。

「前記認定事実によれば,Dには,冷や汗,脈微弱,頻呼吸,次第に過呼吸,血圧が70~80程度であるという肺塞栓症の臨床症状が認められ,肥満体型という肺塞栓症の危険因子があったことも認められる。
(b)もっとも,肥満体型は,肺塞栓症の特異的な要因ということはできない上,上記Dに見られた臨床症状も肺塞栓症に特異的なものということはできない。そして,当時,ギプス包帯固定が肺塞栓症の危険要因であることは被告医院に要求される医療水準ではなかったのであるし,もう一つの危険因子であるピル服用についても,被告はDがピルを服用していたことを認識していなかったのである。以上によれば,被告がDの肺塞栓症に関して認識していた事実は,上記の非特異的な臨床症状や危険因子に過ぎなかったものである。そうであれば,被告が午後6時ころ,Dの頻呼吸,過換気の症状,及び,ギプス巻替えというストレス要因から,Dは過呼吸症候群になったと考えたことについては,過換気症候群がストレスを原因とするものであること,Dには頻呼吸,過剰換気という過換気症候群の臨床症状が見られていたこと,女性は男性に比べて過換気症候群の発症率が高いことからすれば,過換気症候群を疑ったこともやむを得ないというべきである。 」

 他の裁判例も述べるところであるが、下の通り、胸痛の有無は、肺血栓塞栓症の可能性を検討する上で大きな意味を持つ。

「Dには胸痛のすぐ後に激しい腹痛が生じているところ,腹痛が生じてからは,Dの主症状は腹痛であり,胸痛等の他の症状を訴えていたことをうかがわせる事情は見あたらない。このようにDの主症状は腹痛であり,Dには2回の開腹手術の経験があることが判明した状況においては,腹痛という症状が通常肺塞栓症には見られない症状であること,Dに見られた胸痛は腹痛に比べれば軽い症状であったとうかがわれること,午後6時10分以前に見られたDの肺塞栓症の症状は非特異的なものであること等の事情を考慮すれば,被告がDは腸閉塞等の急性腹炎を起こしたものであると考えて,肺塞栓症であるとの疑いを抱かなかったこともやむを得ない面があったというべきである。」

「本件ガイドライン記載の肺塞栓症の予防策が,6月当時,医療水準となっていたか否かについて検討するに,4月の診療報酬改定で肺塞栓症予防管理料が新設されたことによって,入院中の患者に対しては,肺塞栓症について適切な予防管理をとることが医療水準とされたことは認められるものの,同管理料は入院中の患者以外は対象としていないのであるから,同管理料が新設されたからといって,通院中の患者について肺塞栓症の予防管理をとることが医療水準となったということはできない。

イまた,本件ガイドラインには静脈血栓塞栓症の予防法が記載されているところ,静脈血栓塞栓症の危険性は入院中の患者のみならず,ギプス装着等の危険因子を持つ通院患者にもあり,本件ガイドライン記載の予防法は通院患者に対しても効果のあるものであるから,本件ガイドラインの制定によって,肺塞栓症の危険因子を持つ通院患者に対しても静脈血栓塞栓症の予防法をとることが医療水準となったという余地はある。しかし,本件ガイドラインは10月に公表されたものであり,それ以前に整形外科の一般開業医が内容を知ることはできなかったのであるから,6月当時においては本件ガイドラインを根拠に医療水準を検討することはできない。」

 ガイドラインが医療水準となるか否かは、平成16年10月が一応の分水嶺になると思われる(ただし、周知期間について考慮の必要はある)。
 入院患者と通院患者によって医療水準に違いが生じる可能性についても意識する必要がある。