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第3 東京地裁平成21年12月24日

 平成16年8月25日、患者が転倒により筋断裂を負い、被告病院に搬送され、入院した。同年9月10日、被告病院を退院したところ、同月15日、肺血栓塞栓症を発症し、別病院で治療を受けたが、同月16日死亡した事案。

 ①の過失が主として問題となっている。

 原告は、「手術を要する下肢外傷」、「下肢固定」、「長期臥床(入院17日)」、「肥満(BMI32.3)」、「糖尿病」、「53歳」という危険因子を主張。
 入院中の9月2日、歩行訓練などのリハビリプログラムが行われている。
 患者の筋組織損傷は、危険因子としての「外傷」には該当しないとされた。
 膝装具による固定は、「下肢ギプス包帯固定と同等であると評価することはできない」、として下肢固定も低く評価した。
 1週間以上の入院を一応の長期臥床の基準としたが、入院中にリハビリ等を行っており、危険因子としての「長期臥床」には該当しないとされた。
 Bの身長は175センチ、体重は80キロ、BMIは26.1と認定、高度肥満にはあたらないとして、「肥満」には該当しないとされた(身長172センチ、体重95キロであるとの原告の主張は採用されず)。
 「糖尿病」は、患者の程度では危険因子には該当しないとされた。
 「53歳」については、重大な危険因子ではないとされた。
 「本件では,Bの外傷は2004年ガイドラインにおいて危険因子として位置づけられている重度外傷には該当しない上,Bが着用していた膝装具を下肢ギプス包帯固定と同視することはできず,Bが長期臥床と同様の状態にあったとは認められず,Bの糖尿病の疑い・肥満については深部静脈血栓塞栓症のリスク因子になるとは評価できない。

(4)したがって,被告病院の医師らに,深部静脈血栓症発症のリスク評価を行って抗凝固剤ヘパリンの投与,弾性ストッキングの着用,間欠的下肢圧迫法などの予防措置を行うべき義務があったとは認められない。」

 本件では、患者の有する危険因子がない(弱い)と認定された上で、注意義務違反が否定されている。

 医療事故自体は、平成16年8月に起きており、現在の「ガイドライン」の原型である「旧ガイドラインが平成16年6月に策定されている。周知浸透期間を考えると、医療水準が低く設定された余地はある。(なお、仙台地裁平成20年8月19日によると、平成16年ガイドラインが公表されたのは、平成16年10月とのこと)

 肺血栓塞栓症の医療過誤訴訟において、危険因子なしとされてしまっては、勝負にならないと言える。危険因子の証拠固めは重要である。

第4 東京地裁平成21年4月16日

 平成17年2月27日、患者が呼吸困難のため被告病院に入院し、同年3月4日、肺動脈血栓摘出術を受け、そのまま入院を継続していたところ、同月12日午後5時頃、意識を喪失し、同月13日午前6時5分、死亡した事案。

 原告は、血栓の有無を確認すべき注意義務の違反を主張

「Aに肺塞栓症が認められた以上,一般的には,深部静脈血栓症の有無を確認するため,エコー検査を行う必要があり,中枢側に血栓が疑われる場合には,胸部から下肢までの造影CTを行うことが必要であると認められる。」

 心エコ―検査は、肺血栓塞栓症の診断にあたって重要視されており、この裁判例もその点は認めている。

「被告病院の担当医師は,エコーで観察可能な部分の静脈については,検査で血栓がないことを確認していること,エコーで観察できなかった下大静脈下部から左右総腸骨静脈付近については,腎機能の悪化が窺われる中で,敢えて再度の造影CT検査をすべきであるとも言い難いこと,Aに対しては,深部静脈血栓症が発見された場合の治療法である血栓溶解療法,抗凝固療法が既に開始されていたことに鑑みれば,被告病院の担当医師に,本件手術前に,更に検査を行うべき具体的注意義務があったと認めることはできない。」

 本件では、必要な検査は行われていたとして過失を否定。

 「静脈血栓塞栓症の既往は再度の静脈血栓塞栓症を発症する非常に強い危険因子である」と位置づけ、「Aは肺血栓塞栓症の再発のリスク要因をかかえていた」、とした。

「前記認定のとおり,被告病院においては,Aに対して,①2月28日から,ヘパリン,ウロキナーゼの点滴静注が開始されたこと,②3月5日から,ヘパリン1日6000単位の投与が開始され,更にノボ・ヘパリンの点滴静注が再開されたこと,③同日午後には,弾性ストッキングの使用が開始されたこと,④3月7日午後には,フットポンプ(メドマー)を装着されたこと,⑤3月9日には,バファリン,ワーファリンの経管投与が開始されたことが認められる。」

 と認定した上で、「被告病院の措置は,肺塞栓症の治療ないし予防療法として,臨床の現場における医療水準に適ったものと認められる」、と述べた。
 下大動脈フィルターを用いる予防法については、

「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2002-2003年度合同研究班報告)によっても,一時留置型下大静脈フィルターの適応に関して,十分なエビデンスはないとされており,Aが,当時,ガイドライン上ClassⅡb(「データ・見解により有用性・有効性がそれほど確率されていない」)の適応事例である,①抗凝固療法中の急性肺血栓塞栓症例,②深部静脈血栓症のカテーテル治療時,③一時的に抗凝固療法が禁忌状態となる肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症例にも該当していないこと(乙B1・1104),フィルターの留置自体により,新たな血栓形成,感染症などの合併症の危険があること(乙B1・1105頁,証人D・7頁)に鑑みると,被告病院において,一時留置型下大静脈フィルターを使用すべき義務があったとは認められない」

 としている。下大静脈フィルターの予防法を行わないことに関しては、一般的には過失は認められにくいと考えるべきであろう。

 本件では、被告病院の予防措置、検査体制は比較的適切なものであった。裁判所は一般的に、危険因子の有無を過失の判断にあたって重視しているように思われるが、反対に万全の予防措置を尽くしたとしても、肺血栓塞栓症が発症しうることを前提に判断していると思われる。