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第7 金沢地裁平成10年2月27日

 平成4年9月6日、患者に「発語が不明瞭で、流涎、舌のもつれ及び吐き気があり、意識障害」等があったことから、被告病院に入院していたところ、同月7日未明、急激に患者の容体が悪化し、同日午前3時25分頃、「急性肺塞栓症による呼吸不全を原因とする多臓器不全」で死亡した事案。

 この事案でも、患者が既に肺血栓塞栓症を発症していた前提で、医師の過失の有無が判断されている。

 問題となっているのは、病気診断の懈怠及び治療の懈怠である。
 裁判所は、過失の有無を判断するにあたって、「医師の対応」、「肺塞栓症との診断が可能であった時期」、「肺塞栓症との確定診断後に採られるべき治療」、の3点をメルクマールにしている。

「動脈血ガス分析の結果が低酸素血症及び低炭酸ガス血症の状態を示していること並びに胸部レントゲン写真撮影を実施したが異常な所見が見られなかったことから、肺塞栓症を含む肺循環障害を疑うことは十分可能であったと認められる。」

 として、医師には高度な要求を課しているように読める。

 判決は担当医師が、「地域において有数の病床数を有する救急指定病院である本件病院において内科医として約一〇年勤務して当時内科部長の職に既に五年」あること、「肺塞栓症の診察経験が四例」あること、「本件においても花子の生存中に確定診断を下し、それにやや先立ち有効適切な治療を現実に開始している」こと、などを考慮し、「医師にその能力を基準とした注意義務が課せられているとすることは、患者の救命のために医療の実践の場での合理的範囲内で最善の努力を尽くすことが一般的に要請される診療行為の性質上、何ら不当ではな」いとして、医師の過失を認めている。

 また、

「肺塞栓症において、高血圧症、肥満、高齢などの基礎疾患等が背景因子といわれるが、本件当時容易に参照し得た甲三号証などの医学成書においても、背景因子がある例が多い旨指摘されているものの、背景因子がない例がとりたてて稀であるとはされていないし、本件診療経過において水毛生医師が花子の生存中に肺塞栓症の診断を下していることからすると、花子に背景因子が見当たらなかったことは、水毛生医師において、その疑いを若干弱める方向に作用した可能性はうかがわれるにしても、診断を下すに当たっての有力な障害とはならなかったと認められる。」

 ともしており、医療機関側にとってはかなり厳しい判断がされている。

 ただし、医師の採った抗凝固療法と血栓溶解療法自体は適切であったとして、死亡との相当因果関係は否定している。
 認めたのは、救命期待権の侵害のみであり、精神的損害として550万円の損害賠償を認めている。
 本件では、医療機関側にかなり厳しい判断を下している点で大変参考になる。