前回の記事はこちら:肺血栓塞栓症(勝訴判例)1

第3 福岡地裁小倉支部平成19年8月9日

 患者が既に肺血栓塞栓症を発症し、病院(以下、「A病院」という)で抗凝固薬療法を受けていたところ、症状が改善したことから、平成16年2月27日、被告病院に転医したところ、被告病院が抗凝固薬療法に加え、血栓溶解療法を行った結果、同年3月6日、患者の容体が急激に悪化し、同月8日、死亡した事案。

 この事案では、過失と死亡との間の相当因果関係が認められ、約2500万円の損害賠償が認められている。原告全面勝訴の事案と言える。

 被告の初診時に、既に肺血栓塞栓症を発症していた患者に対し、血栓溶解療法を行うことの可否が問われている。すなわち、問題となる過失は、②の過失である。

 「血栓溶解療法は迅速な血栓溶解作用や血行動態改善作用には明らかに優れるものの、いずれの無作為試験においても予後改善効果は認めていない」、「血栓溶解療法の重大な合併症は出血である」、とガイドラインに記載されている。

 本件では、副作用の危険性などを考慮し、患者には血栓溶解療法を選択すべきではなかったと判断し、「(血栓溶解)療法の実施を回避すべきであったのにこれを怠った」点に、過失を認めている。
 結果として、患者は血栓溶解療法の副作用である脳出血で死亡している。
 このことから、過失と死亡との間に相当因果関係を認めている。

下に判決の一部を抜粋した。

「Aは、少なくとも被告病院入院時において慢性肺血栓塞栓症の急性増悪期にはなかったものであり、血栓溶解療法の適応もなかったものである。そして、現に、前医であるB医師は抗凝固療法のみを採用し、血栓溶解療法は全く実施しなかったことに照らすと、転医直後に動脈血ガス検査の結果が不良であったとの事情はあったにせよ、被告病院としても、経過を慎重に観察し、又は前医と協議する等して、適応のないことに気付き、血栓溶解療法の実施を回避できたはずである。また、同療法の危険な副作用を考慮すれば、被告病院としては、同療法の実施を回避すべき義務があったのにこれを怠ったものといわざるを得ない。
 したがって、被告病院がAに対し血栓溶解療法を実施したことには過失があったものと認められる。」

 この判決を前提とすると、安易に血栓溶解療法を実施した結果、患者が死亡した事案については、医療過誤を疑うべきであろう。

第4 福岡高裁平成18年7月13日

 この事案では、初めに診療を行った医療機関(以下、「前医」という)、及び転医された医療機関(以下、「後医」という)の双方の過失が問題となっている。

 平成12年5月23日、膝を負傷した患者が前医で手術を受け、同月25日から前医に入院していたところ、同年6月1日午前5時30分頃、「トイレから病室に戻る際に、意識を消失して廊下に転倒」した。患者は意識を取り戻したが、同日午前10時15分頃、より高次の医療機関である後医に転医されたところ、同月2日午前7時55分頃、患者は意識を消失し、同月4日午前6時24分、死亡した事案。

 この事案では、前医・後医双方の過失が認められ、かつ前医・後医双方の過失が、患者の死亡との間に相当因果関係があるとされた。損害賠償額も5000万円近く、原告全面勝訴の事案と言える。高等裁判所の判決であり、事実上の影響も大きく、大変参考になる。

 前医については、肺血栓塞栓症の疑いを持ち、適切な措置をとるべきであったにもかかわらず、
 肺血栓塞栓症との疑いを全く持たなかった点に過失が認められている。
 患者は「手術後」、「肥満」という肺血栓塞栓症の危険因子を有していたこと。
 心電図検査において、肺血栓塞栓症を疑うべき結果が出ていたこと。
 などの事情が、過失の認定にあたって重視されていると言える。
 後医は、前医から患者を引き継いだ際に、前医が「急性冠不全症」又は「急性心筋こうそく」を疑っていたことを申し送りの際に聞いており、その点に特殊性がある。

 しかしながら判決は、「医師としては肺塞栓症と考えて矛盾しない症状が見られるときには,その可能性をまず疑ってみることが肝要である。」、として、

「症状の発現に先立ち本件手術を受けていること,肥満体であることなど,肺塞栓症の誘因となり得るような要素も備わっているという類の情報も把握していたのであるから,丁川医師(=前医)の上記診断結果にもかかわらず,やはり肺塞栓症を疑って見るべきであったといわなければならない。もっとも,次郎は,市立病院を出発してから日赤病院に到着した後も,胸苦しさ等を訴えることもなく経過していたというのであるから,その時点において肺塞栓症を疑うことを期待するのは現実には酷である。しかし,6月1日午後10時ころに至り,再び胸痛を訴えるに及び,また,その際行われた心電図検査の結果は,搬送された際に実施したものと同様に,肺塞栓症と考えても矛盾しないものであったということからすれば,遅くともこの時点では肺塞栓症を疑うべきであったといわなければならない。」

 として、後医についても過失を認めた。ただし、前医から結果として誤りであった診断結果を聞いている点を、過失判断にあたっては一定程度考慮している。

本判決で注目されるべきは、

「ある医療機関で診療を受けていた患者が,より高次の医療機関に移送されるということも少なくないが,その場合は,それを境に,患者は前医から後医の保護管理下に移ることになるのであって,これにより,前医は患者に対する責任から解放される。したがって,仮に,前医に誤診など何らかの過失があるとしても,原則として,後医への移送を機に前医の過失は不問に付され,患者に対して責任を負うのはもっぱら後医であるということになる。
イ もっとも,患者が後医に移送された後も,前医の過失がなお影響を及ぼしているという場合もないわけではない。例えば,(ア) 前医の過失のために,既に手遅れとなり,後医としてはもはや手の施しようがない場合などは,もっぱら前医の過失のみが問われることになるのは当然である。また,(イ) 前医の過失が後医の過失の原因ないし誘因となっている場合には,双方の過失がともに問われることになるものというべきである。」

 との規範が示されたことである。

 本判決では、

「戊谷医師(=後医)が,情報提供書に記載された客観的な診療・病状の経過や既往にもかかわらず,もっぱら心疾患を念頭に置いた検査・治療に偏ることになったのは,情報提供書に丁川医師(=前医)の診断結果として急性冠症候群,急性心筋こうそくの疑いと記載されていたからにほかならないのである(原審証人戊谷)
そうであれば,丁川医師の過失が,戊谷医師をして同医師自身が負っていた注意義務違反を惹起させたものと評価すべきであり,ひいては,丁川医師の過失と次郎の死亡との間にも相当因果関係を認めるべきこととなる。」

 と述べ、本事案が例外的に前医にも責任が認められる事案であることを判示しています。
 そして、患者が後医に「移送された6月1日午前10時55分ころの時点では、同人は未だ救命が十分可能であった」との鑑定結果を基礎に、前医・後医双方の過失と死亡との間に、相当因果関係があるとしたのです。