第1 想定される過失

①医師が、肺血栓塞栓症の予防措置を怠った過失
②医師が、肺血栓塞栓症に対する処置を誤った過失

肺血栓塞栓症に関する医療過誤訴訟は多い。
「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」と言う。)がとても参考になる。

①の過失について

肺血栓塞栓症については、
肺血栓塞栓症の既往、手術後、下肢麻痺、ギプスによる下肢固定、高齢、長期臥床、呼吸不全、癌化学療法、肥満、下肢静脈瘤
などが危険因子とされている。

これらの因子を有する場合、医師は、肺血栓塞栓症の予防措置を考える必要がある。

予防措置としては、早期及び積極的な運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、ヘパリン、ワルファリンなどが一般的である。

②の過失について

肺血栓塞栓症に対する処置には、抗凝固療法、血栓溶解療法、カテーテル的治療等がある。
肺血栓塞栓症は、死亡率が高く、迅速・的確な処置が要求される。

 主張される過失の主なものは、上記①、②の2つ。
 医療過誤訴訟自体、原告勝訴事案は多くはないが、肺血栓塞栓症に関してはその中でも、原告勝訴事案は少ない。

 以下、原告勝訴事案5つを紹介する。

第2 大阪地裁平成21年9月29日

 平成18年12月1日、患者が脳出血のため被告病院に入院した。その間、特に肺血栓塞栓症の予防措置が行われなかったところ、同月4日、患者の容体が急激に悪化し、肺血栓塞栓症により死亡した事案。
 この事案では、①の過失、②の過失双方が問題となっている。
 患者は下肢麻痺、肥満の危険因子を有していた。

 判決は、患者が「肺血栓塞栓症が生じる危険性が高いことを具体的に予見することが可能であった」ことを前提に判断している。
 弾性ストッキングの着用が一般的標準的な予防法となっていたと考えている。
 間欠的空気圧迫法、薬物的予防措置の不実施から、過失を認定することには慎重。

 原告は、抗凝固療法の不実施などを②の過失として主張していたが、本件では②の過失は認められず。

 本件で認められた過失は、「弾性ストッキングないし弾性包帯を着用させなかった過失」のみ。
 弾性ストッキングを着用させていたとしても、「死亡日を超えてなお生存していた高度の蓋然性があるとはいえない」として、死亡との相当因果関係は否定。
 死亡を回避し得た相当程度の可能性を侵害されたとして、慰謝料165万円を認めたのみ。

 大阪地裁平成21年9月29日は、全面的な勝訴事案とは言えない。
 ただし、弾性ストッキングを着用させなかった点を重視しており、この点は参考になる。