1 術後感染とは

 術後感染とは、手術後に発症した感染症を総称した概念です。
 大きく分けると、①手術中に発症したもの、②術後管理中に発症したものの2つに分類されます。
 これらについては、抗菌薬投与、及び院内環境の清潔・整備等が有効な予防法となります。

2 判例について

 この点、最高裁平成13年6月8日の事案がとても参考になります。

 この事案は、患者が勤務先で就労中に、高熱の金属プレス機のローラー部分に両手を挟まれて両手圧挫創の傷害を負ったというものですが、患者の両手は、受傷時に着用していた手袋の繊維やローラーの機械油などにより著しく汚染された状態であったことから、術後感染するリスクが極めて高いという事情がありました。

 判決では、

「受傷時の春太(=患者)の創は、著しく汚染された状態であり、本件病院の医師が、八月一七日に行われた緊急手術の終了時点で、細菌感染の懸念を有して」

 いたことを前提に、多くの術後感染の兆候があったにもかかわらず、

「手術後一三日目に当たる同月三〇日になって初めて創部の細菌検査を実施した」

 という点を指摘し、

「現実に細菌検査を行った同月三〇日より前の時点において、創の細菌感染を疑い、細菌感染の有無、感染細菌の特定及び抗生剤の感受性判定のための検査をし、その結果を踏まえて、感染細菌に対する感受性の強い適切な抗生物質の投与などの細菌感染症に対する予防措置を講ずべき注意義務があった」

 との判断が示されました。

 この事案では、外科手術後の細菌感染症に対する予防措置について、医師の注意義務違反が認められています。

 そして、「重い外傷の治療を行う医師としては、創の細菌感染から重篤な細菌感染症に至る可能性を考慮に入れつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症に至ることを予防すべき注意義務を負うものといわなければならない。」、との規範が定立されていることが注目されます。

 この判決自体は、当然のことを指摘しているに過ぎませんが、こういった規範が、「最高裁判所」によって既に定立されていることは、術後感染の医療過誤についての訴訟を提起するにあたり、大きな意味を持つのです。

3 術後感染の危険因子

 術後感染の患者側の危険因子としては、高齢、栄養障害、高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、喫煙、アルコール常用、免疫不全、ステロイド使用などが一般的に挙げられています。
 医療機関側の危険因子としては、皮膚消毒、手術時間、出血量、組織傷害、異物挿入、ドレナージ、換気、機器滅菌、抗菌薬などが一般的に挙げられています。
 この点だけを見ると、あまりに一般的なことが挙げられているに過ぎないように思えるかもしれません。

 しかしながら、手術が外科的侵襲を伴う以上、術後感染のリスクを0にするということは不可能です。従って、医療過誤訴訟で術後感染における医療機関側の過失を認めさせるためには、いかに、術後感染の危険因子が多くあったにも関わらず、医療機関が適切な処置を怠ったかとの点を効果的に指摘できるかが重要になるのです。

4 術後感染の特殊性

 術後感染対策については、確立された基準と言うのは未だなく、各医療機関ごとに異なる対策が採られているのが現状です。術後感染対策として最も重要となる抗菌薬の選択においても、現場の医師の裁量が重視されているようです。
 確立された基準が存在する場合、医療機関の処置がそれと異なっていることを主張することで、過失が認定される方向に傾きます。

 反対に、そういった基準が存在しない場合、医師の過失を認定するには多くの困難が伴います。ただし、術後感染対策においては、確立された基準が存在しない関係上、明らかに不適切な処置を行っている医療機関は少なくないものと思います。安易な素人判断はせず、術後感染を疑った際は、早期に専門家に相談することを心掛けて下さい。