1.相当程度の可能性の理論

 前回は、不作為、つまり医師が適切な処置を怠ったために患者に損害が生じてしまった場合において不作為と結果(損害)との因果関係の存在が認められるためには「高度の蓋然性」が必要であることを説明しました。
 しかし、近年、不作為と結果(損害)との間に高度の蓋然性が認められなくとも不作為と結果との間に「相当程度の可能性」の存在が証明される場合には医療機関側に一定の範囲で責任を認める考え方が登場しています。

 今回は、「相当程度の可能性」の理論により医療機関側に一定の範囲で責任を認めた最高裁判例を紹介したいと思います。

2.最判平成12年9月22日民集54巻7号2574頁 判時1728号31頁等)

事案の概要

 患者Xは、平成元年7月8日の午前4時30分頃に突然の背部痛に襲われ、Yの経営する病院の救急外来でZ医師の診察を受けました。

 Xは狭心症から心筋梗塞に移行しつつありましたが、Z医師はXの触診や聴診を行ったのみで、胸部疾患の既往の聞き取りや心電図検査、血圧、脈拍、体温などの測定を行わなかったばかりか、狭心症を疑いながらニトログリセリンの舌下投与も行わず、胸部疾患の疑いがある患者に対する初期治療として行うべき基本的義務を果たしませんでした。

 Z医師は鎮痛剤の注射と急性膵炎の治療薬の点滴を行ったところ点滴開始直後にけいれん発作を起こし容態が急変したため、Z医師らはXに対し体外心マッサージや蘇生術を行いましたが、Xは不安定型狭心症が切迫性急性心筋梗塞となり心不全をきたして午前7時45分頃に死亡しました。

 このため、Xの相続人である妻子が①Yに対しXの死亡による損害賠償、これが認められなかった場合に②救急病院として期待される適切な救急医療を怠ったことにより「期待権」を侵害したことを理由としてYに対し損害賠償を求めて民事訴訟を提起しました。

 原審は、因果関係を否定しつつも適切な初期治療を受けられなかったことを理由としてYに対し慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の限度で損害賠償金の支払いを命じたため、Yが上告しました。

最高裁判所の判断

 最高裁判所は、

「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」

Y医師がXに対し適切な治療を行っていた場合にはXを

「救命し得たであろう高度の蓋然性までは認めることはできないが、これを救命できた可能性はあった。」

と判断しYの上告を棄却しました。

本判決の意義

 本判決は、不作為と結果との間の高度の蓋然性が証明されず因果関係が否定される場合においても生存につき相当程度の可能性が認められる場合には医療機関側の損害賠償責任が認められることを明らかにし、患者側に求められる立証のハードルを低くした点では患者側にとって意味のある判決であるといえますが、死亡結果との因果関係が認められるわけではないので損害の範囲としては適切な医療を受けることに対する期待を裏切られたことに対する慰謝料程度にとどまる場合が多いと考えられることに注意が必要です。

 また、「相当程度の可能性の理論」は死亡や重度の後遺障害が残存した場合にのみ適用されるべきであるとの議論もありますので、患者が死亡しておらず、重度の後遺障害が残存しないような事案で不作為と結果との間の高度の蓋然性が認められない場合にまで「相当程度の可能性の理論」により損害賠償請求が認めるとは限らない点にも注意をすることが必要です。

弁護士 藤田 大輔