ア 産科DIC(播種性血管内凝固症候群)

(ア)病態

a DIC

 DIC(播種性血管内凝固症候群)とは、癌、白血病、敗血症、外傷、産科疾患などを基礎疾患として、組織因子の血中流入(ないし出現)あるいは血管内皮細胞傷害などにより凝固系が過度に活性化されて、全身の主として細小血管内に、播種性に微小血栓が形成され、微小循環障害に伴う臓器機能不全を来すとともに、二次線溶亢進及び血小板や凝固因子の消費性低下により著明な出血傾向を生ずる症候群である(「今日の治療指針2011年版」(医学書院)、播種性血管内凝固症候群)。

b 産科DIC

 そして、羊水塞栓症や常位胎盤早期剥離(後記イにて詳述)といった産科的基礎疾患が原因で発症したDICを産科DICという(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)276、277頁)。以下、産科DICは単にDICともいう。

c 産科DICの危険性

 産科DICは、突発的に発症し、急激に進行する。30から40分で母体が死に至ることもある(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)277頁)。

(イ)徴候、症状、検査、診断

 産科DICの早期診断・治療のためには、産科DICスコア(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)279頁参照)が有用である。基礎疾患スコア、臨床スコア、検査値スコアの三つを合算し8点以上であれば、産科DICとして対応する(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)153頁)。

 基礎疾患としては、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群(後記ウにて詳述)などがあり、これがある産科出血では、高頻度にDICを併発する。HELLP症候群は、分娩時期が遅れるとDICとなりやすく、大出血の原因となるので、産科DICスコア中にいう「その他の基礎疾患」に該当する(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)153頁)。

 比較的少量の出血であっても「さらさらした凝固しない性器出血」をみたら、産科DICを疑って、血液検査を実施し、血液フィブリノゲン[1]値、FDP[2](上昇)、D-dimer[3](上昇)、血小板数(低下)を測定する。血液検査の際に、アンチトロンビン[4]活性やGOT/LDH[5]も加えると、HELLP症候群(アンチトロンビン活性が低値、GOT/LDHが高値となる)の診断が容易となる(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)153頁)。

(ウ)治療

 基礎疾患の手術的除去が可能なことが多く、約80パーセントは早期に対処すれば予後良好である。基礎疾患の除去とは、ターミネーション(急速遂娩、緊急帝王切開)である(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)276、277頁)。

イ 常位胎盤早期剥離

(ア)病態

 常位胎盤早期剥離は、子宮体部に付着している胎盤が、胎児娩出前に、子宮壁から剥離した状態をいう(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)104頁)。

 常位胎盤早期剥離は、母体において、産科DICをもたらし(産科DICの原因の約50パーセントが常位胎盤早期剥離である。)、重症例では母体死亡に至ることもある。他方、胎児においては、酸素供給の低下により機能不全に陥り、剥離が重篤な場合には、60~80パーセントの確率で胎児が死亡する(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)104~106頁)。

 ガイドラインによれば、常位胎盤早期剥離は、1000分娩あたり5.9件に発生し(単胎の場合)、その周産期胎児死亡率は全体の周産期死亡率と比べ10倍以上高い。また、しばしば母体死亡の原因となる。本邦の1991年から1992年に起こった母体死亡230例のうち、その原因について詳しく調査できた197例の検討では、その13例(6.6パーセント)が、常位胎盤早期剥離かつDIC・出血性ショックによる死亡であった。これは、常位胎盤早期剥離が極めてDICを併発しやすいことを示している(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)125頁)。

(イ)徴候、症状、検査、診断

 ①急激な下腹部痛がみられ、②外出血は少量又はみられないにも拘らず貧血が進行し、③子宮壁は板のように硬く(板状硬)、圧痛が著明で、④超音波検査にて胎盤の異常(肥厚、辺縁の盛上り、胎盤後血腫など)など認められ、⑤胎児心拍数陣痛図(CTG)にてさざ波様の陣痛図、頻脈、遅発一過性徐脈、変動一過性徐脈などが認められるときには、常位胎盤早期剥離を疑う(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)104頁)。

 ガイドラインによれば、出血や下腹部痛が常位胎盤早期剥離の代表的な臨床症状であり、子宮筋の過緊張、触診上の子宮板状硬などが起こるとされるが、無症状の常位胎盤早期剥離も存在する。剥離部が後壁の場合には腰痛となることもある(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)125、126頁)。

 診断は、性器出血や腹痛を訴えた患者に常位胎盤早期剥離を疑うことから始まる。常位胎盤早期剥離は切迫早産と同様な症状(性器出血、子宮収縮、下腹部痛)で始まることがあり、異常胎児心拍数パターンが観察された場合には常位胎盤早期剥離である可能性が高くなる。予後改善の観点から速やかな診断が要求されており、①超音波検査、②胎児心拍数数モニタリング、③血液検査(血小板、アンチトロンビン活性、FDP、D-dimer、フィブリノゲン、AST、LDHなど)の三者を可能な組織にあっては同時進行的に行う。特に、遅れて発症するタイプの常位胎盤早期剥離を診断するためには、胎児心拍モニタリングが有用である(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)126、127頁)。

 このうち、まず、血液検査では、FDP高値(D-dimer高値)、フィブリノゲン低値を伴いやすいので、これらの異常は診断の助けとなるとともに、DICの重症度判定に有用である。常位胎盤早期剥離の鑑別診断時にHELLP症候群が発見されることもあるので、血小板数、アンチトロンビン活性、AST、LDHにも注意する(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)126頁)。

 次に、超音波検査については、出血部は検査が早期に行われた場合、胎盤に比べ高輝度から等輝度に見え、1週間以内に低輝度になる。後方視的な検討で、超音波による診断は、感度24パーセント、特異度96パーセント、陽性的中率88パーセント、陰性的中率53パーセントと報告されており、超音波で剥離所見を認めた場合の的中率は高いが、超音波所見がなくても否定はできない(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)126頁)。

 さらに、胎児心拍数モニタリングについては、繰り返す遅発・変動一過性徐脈や、基線細変動の減少、徐脈、sinusoidal pattern(正弦波様変動。胎児心拍数基線が正弦波様に規則的になったパターン。)が認められれば常位胎盤早期剥離の可能性は高くなり、診断はともかく児救命の観点から急速遂娩が必要になる(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)126頁)。

(ウ)治療

 DICやショックがある場合には、先にその治療を行う。詳細は先に述べたとおりである。DICやショックがない場合には、子宮口全開大であれば経膣分娩、子宮口全開大前であれば帝王切開を行う(医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)104頁、「今日の治療指針2011年版」(医学書院)、常位胎盤早期剥離)。

 ガイドラインによれば次の通りである。即ち、治療法としては、急速遂娩(ターミネーション)が原則である。分娩までの時間が短ければ児が無障害で生存する機会が上昇することを示唆する報告がある(「産婦人科診療ガイドライン―産科編2011」(日本産科婦人科学会事務局、2011)127頁)。

ウ HELLP症候群

 (以下ウにつき、医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)102、103頁)

(ア)病態

 HELLP症候群とは、溶血、肝酵素上昇、血小板減少という3徴がみられる症候群をいう。

 多くは妊娠中期以降に発症し、約90パーセントは妊娠高血圧症候群に合併して発症する。全分娩の0.5パーセントに発症する。

 妊産婦死亡率は1パーセントであるが、DICや常位胎盤早期剥離などの合併症を来す頻度は少なくない。

 周産期胎児死亡率は30~40パーセントと高く、胎児機能不全の頻度も高い。

(イ)徴候、症状、検査、診断

 HELLP症候群は、高血圧腎症(PE)の場合に好発で、妊娠末期から産褥3日に、突然の上腹部から季肋部痛、悪心、嘔吐などを示し、血液検査所見にて、ビルビリン上昇、LDH著増、AST上昇、ALT上昇、血小板減少などが徴候である。悪心、嘔吐、下痢などがみられ、増悪する場合には、注意を要する。上腹部痛や悪心嘔吐などを訴える妊婦についてはHELLP症候群を疑い、積極的に一般検血や生化学検査を実施することが望まれる。

(ウ)治療

 治療の基本は、妊娠高血圧症候群と同様に、ターミネーションである。

エ 妊娠高血圧症候群

 (PIH)(以下エにつき、医療情報科学研究所編「病気がみえるvol.10産科第2版」(メディックメディア、2009)92、93頁)

(ア)病態

 妊娠高血圧症候群(PIH、旧称「妊娠中毒症」)とは、 何らかの原因によって妊娠中に高血圧が起こる、又は、高血圧に加えて母体の血管障害や様々な臓器障害が発生する全身性の症候群である。

 また、妊娠高血圧症候群(PIH)のうちの最も代表的、典型的な病型は妊娠高血圧腎症(PE)であるが、妊娠高血圧腎症(PE)では、HELLP症候群や常位胎盤早期剥離などの合併症を来しやすい。

 妊娠高血圧症候群(PIH)は、全妊娠中7~10パーセントに発症し、母体死亡、周産期死亡の主な原因になっている。

(イ)徴候、症状、検査、診断

 妊娠20週以降、分娩後12週までの期間に、高血圧又は高血圧とともに蛋白尿を伴い、かつこれらが単なる偶発合併症によるものではないとき、妊娠高血圧症候群(PIH)と診断する。

(ウ)治療

 治療の基本は、HELLP症候群と同様、ターミネーションである。


[1] フィブリノゲンは、出血、血栓、DIC、感染症、悪性腫瘍などの病態把握のために用いられる指標である(臨床検査データブック2011-2012)。

[2] FDP(フィブリン/フィブリノゲン分解産物)は、DICの診断、フィブリ(ノゲ)ン分解の存否の確認のために用いられる指標である(臨床検査データブック2011-2012)。

[3] D-dimer(安定化フィブリン分解産物)は、架橋フィブリン溶解、DIC、二次線溶の診断のために用いられる指標である(臨床検査データブック2011-2012)。

[4] アンチトロンビンは、DICや血栓症の診断、重症度の判定、治療方針の決定のためなどに用いられる指標である(臨床検査データブック2011-2012)。

[5] GOT(AST)は、肝細胞、筋肉、赤血球からの逸脱酵素であり、これらの障害による疾患の検出、程度、経過把握の重要な指標となり、LDH(乳酸脱水素酵素)は、肝細胞などの破壊、傷害及び悪性腫瘍の存在を疑う契機となる指標である(臨床検査データブック2011-2012)。GOT/LDHは、これらの比である。