1、医療行為(不作為)と結果との間の因果関係

 前回は、作為的な医療行為と結果との間の因果関係について立証を行う際にどの程度の証明が求められるのか、また、どのような要素が考慮されるのかについて最高裁判例(東大ルンバール事件判決)を参考にして考えました。
 (前回の記事はこちら:因果関係論②~東大ルンバール事件~

 今回は、不作為、つまり医師が適切な処置を怠ったために患者に損害が生じてしまった場合における因果関係の判断について考えてみたいと思います。

 医師の不作為と結果との因果関係の有無を立証しようとする場合には、「仮に適切な医療が行われていた場合にはどのような状態だったのか」という一種の仮定を前提として考えなければならない点や、医師が何もしなかったために資料が残っておらず十分な調査ができない点、適切な処置がされていたとしても結果が発生していたとして因果関係が否定されることがあり得るという患者側に不利な要因があります。

 今回は、不作為型の医療過誤と患者の死亡結果との間に因果関係を認めた「肝がん見落とし事件」を紹介したいと思います。

2、肝がん見落とし事件判決
(最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁 判時1668号60頁等)

事案の概要

 患者X(当時53歳の男性)は、昭和58年10月にY病院でアルコール性肝硬変に罹患しているとの診断を受け、同年11月4日にY病院から肝臓病の専門医であるZ医師を紹介され受診しましたが、当時Xに肝細胞癌の存在は認められませんでした。

 しかし、肝硬変に罹患している患者に肝がんが発生しやすいことは医学的に広く知られていただけでなくXが男性であることや年齢が50歳代であることからXは高危険群の患者に属していました。

 Xは昭和61年7月19日までの間に合計771回にわたりZ医師の診察を受けましたが、Z医師は問診をし、肝庇護剤を投与するなどの内科的治療を実施するほか一ヶ月二ヶ月に一度の割合で触診等を行うにとどまり、昭和61年7月5日に至るまで肝細胞癌の発生の有無を知るうえで有効とされていた定期兆候検査を実施しませんでした。

 同月17日の夜、Xは急性腹症を発症し同月19日以降に他の病院で診察を受けたところ進行した肝細胞癌が発見されましたが、既に処置の施しようのない程度に悪化しており、Xは同月27日に肝細胞癌および肝不全により死亡しました。

 このため、Xの相続人である妻子がZ医師に対し慰謝料や逸失利益等合計7000万円(妻に4000万円、子供2名にそれぞれ1500万円)の損害賠償を求めて民事訴訟を提起しました。

 しかし、第一審、第二審ともに肝細胞癌が発見できなかったことにつきY医師の注意義務違反を認め肝細胞癌を発見できたと考えられる時点で適切な治療を受けていればある程度の延命効果が得られた可能性を認めながらも、どの程度の延命が期待できたかは確認できないことを理由としてY医師の注意義務違反とXの死亡結果との間の因果関係を否定しました。

 ただし、延命が期待できる機会を奪われ延命の可能性を奪われたためにXが精神的苦痛を受けたと認定し、慰謝料300万円と弁護士費用60万円の合計360万円の範囲でY医師の損害賠償責任を認めました。

 Xの妻子は最高裁判所へ上告しました。

最高裁判所の判断

(1)必要とされる立証の程度について

 最高裁判所は、まず、

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

と前回ご紹介した東大ルンバール事件判決を引用しました。

 そして、

「右は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはな」い、「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」

として不作為型の場合も作為型における因果関係判断と異ならないことを明らかにしました。

(2)本件についての判断

 最高裁判所は、

「患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」

としたうえ、原審の判断や原審が判断の基礎とした証拠内容を考慮するとその趣旨とするところは

「肝細胞癌が昭和六一年一月に発見されていたならば、以後当時の医療水準に応じた通常の診療行為を受けることにより、同人は同年七月二七日の時点でなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというにあると解される。」

と判断し第二審判決を破棄しました。

本判決の意義

 本判決は、医療過誤と因果関係を認めるべき「結果」の解釈において「結果」とは「現実の死亡時点で死亡したこと」と限定的に判断し、その後の余命については因果関係の有無の判断の考慮要素としないことを明らかにした点に意味がある判決であるといえます。

 本判決以前には、適切な医療行為がされていた場合でもその後の生存期間が明らかでないことや余命が短いと考えられることを理由として因果関係が否定される場合がありましたので、本判決は患者側としては非常に意味のある判決であるといえます。

弁護士 藤田 大輔