弁護士法人ALG&Associates

弁護士  金﨑 浩之


1 東京女子医大の異常死届出

 先日、このブログで私が書いた東京女子医大事件の続きですが、最近、週刊文春のスクープで大変興味深い記事を見つけました。

 同記事によると、東京女子医大は、その男児(2歳)が死亡した翌日に病理解剖しているのですが、臨床経過、日数、指示書、病理解剖の筋肉所見から、死因はほぼ間違いなくプロポフォールであると、内部告発している同女子医大の医師が語っていたそうです。

 ところが、そのように医療過誤が疑われるケースであるにもかかわらず、同女子医大はすぐに警察に異常死の届出をせず、その男児が火葬された翌日に所轄の牛込署に異常死を届け出たというのです。


2 医師法21条に基づく「異常死の届出義務」

 医師法21条によると、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」とされています。

 そして、これに違反したときには、50万円以下の罰金刑に処せられることになっています(医師法33条の2)。
 罰金刑のみとはいえ、一応立派な犯罪です。

 問題は、医療過誤の疑いがある患者さんの死亡が、ここでいう”異常死”に含まれるかどうかです。

 ここで重要なポイントとなってくるのは、医師法21条にある、死体…の”検案”とは何か、です。

 先の週刊文春の取材に答えた、ある弁護士のコメントによると、こうあります。

 「医療過誤の疑いがある場合は異常死とされます。医師法21条にも、異常死は24時間以内に所轄警察署に届け出なければならないと規定されています。」(以上、記事から引用)。

 しかし、この説明は極めて不正確です。このコメントの後半は正しいのですが、問題は前半部分です。
 なぜならば、医療過誤が疑われる患者の死亡の全てが、ここでの異常死に該当するわけではないからです。


3 異常死に関する最高裁判例

 この異常死に該当するか否かの鍵を握っているのは、”異常死”という概念の解釈というよりは、”検案”という概念をどのように解するかにあります。

 例えば、道ばたで人が倒れていたとします。当然、救急車が呼ばれ、病院に運ばれてきます。

 しかし、医師が診ると、既にその人は死んでいます。そして、その遺体を観察すると、例えば、刺し傷があったり、首を絞めたような痕が残っている…。
 このようなケースは、非常に事件性があります。
 そこで、医師法21条は、このようなケースに遭遇した医師に、警察への届出義務を課して、犯罪捜査の端緒としようとしたわけです。

 すなわち、医療過誤で責任が問われる可能性がある医師たちに不利益供述をさせるための制度ではありません(もしそうなら、被疑者の黙秘権との関係で問題が生じ、憲法違反の可能性も出てきます)。

 このような立法趣旨、制度趣旨を踏まえ、有名な都立広尾病院事件で、最高裁は、”死体の検案”の意味について、次のように明言しました。

 「医師法21条にいう死体の検案とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、その死体が自己の診察していた患者のものであるか否かを問わない」

 つまり、先に挙げた例のように、死体の外表を観察して不審な点がないかどうかを診ることが医師に求められていることが分かります。この制度は、決して警察が医療過誤の捜査の情報を得るために設けられたものではないのです。

 しかし、ここでさらに重要なのは、後半部分の「その死体が自己の診察していた患者のものであるか否かを問わない」という部分です。

 「自己の観察していた患者のものであるか否かを問わない」ということは、同時に、自己が診察していた患者さんのご遺体も含まれることを意味しています。

 このことは、医師は死体の外表から異常が認められれば届出義務を負うわけですから、自己が医療過誤の刑事責任を問われるおそれがあるものの届出を余儀なくされることも起こりうるという点も物語っています。


 4 東京女子医大のケース

 この事件では、24時間以内の届出はなされていないので、もしこのケースが医師法21条が定める異常死に該当することになると、その男児の遺体を検案した医師たちには、同法違反として罰金刑が科せられる可能性がでてきます。

 でも、私は、このケースで異常死と考えることはけっこう難しいのではないかと思っています。

 なぜなら、必ずしもこの男児の死体の”外表”から異常性が認められているわけではないと思われるからです。

 医療過誤の疑いは、通常死体の外表からはわかりません。

 診断・治療を含めた、これまでの診療経過を総合的に分析しないと分からない(医療過誤の疑いすら持てない)ことが多いのです。

 この事件では、病理解剖がなされていますが、ご遺族が不審に思ったのは、これまでの診断・治療経過から、突然男児が死亡したのが不自然だったからでしょう。決して、死体の外表に異常性が確認できたからではないと思います。

 でも、そうすると、なぜ東京女子医大は、牛込署に「異常死」として届け出たのでしょうかね。

 顧問弁護士のアドバイスが不適切だったからですかね。それとも、万が一、死体の外表に異常があると認定されるリスクに備えてですかね。