医療過誤における医師の責任には、以前ご紹介した民事責任の他刑事責任、行政上の処分(医師免許の取消や医業の停止等)、医療機関内部での雇用上の処分(懲戒処分等)等が挙げられます。
 今回は、そのうちの刑事責任について取り上げます。

 医師らの刑事責任の中心となるのは、業務上必要な注意を怠ったことにより死傷の結果が生じた場合に成立する業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)です。その場合医師は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処せられます。

 その他の刑事責任としては、カルテ改ざんにつき証拠隠滅罪(刑法104条)、診断書等に虚偽記載をした場合の虚偽診断書等作成罪(刑法160条)、異状死体としての届け出をしなかったことに関する義務違反の罪(医師法21条・33条の2)等もあります。

 これらの罪は告訴を要件としておらず、捜査機関は告訴がなくとも起訴することができます。もっとも、患者側の届出は捜査のきっかけとなります。

 平成9年から平成20年の統計によると、医療刑事事件の届出等(医療関係者等の届出も含む)の総数は平成9年は21件でしたが、平成16年には255件に上り、その後もほぼ200件は超える数値となっており、ここ十数年で届出件数が急増していることがわかります。それに伴い検察官に送致された件数(その年以前に届出等があったものも含む)も平成9年では3件、平成16年では91件と増加しました。しかし、平成20年には79件(平成20年の届出等の件数のうち年内に立件送致されたのは4件(平成16年は116件))と減少に転じました(水谷渉、澤倫太郎『日医総研ワーキングペーパー』No.213(2010.5.31))。

 この減少の背景には、平成20年8月20日に過失なしとして無罪判決がなされた大野病院事件(帝王切開手術に執刀した産科医が業務上過失致死・医師法違反の容疑で平成18年2月18日逮捕され、その後起訴された)が大きく影響していると思われます。この事件では、医学界のみならずマスコミからも同医師は通常の治療をしたに過ぎないにもかかわらず身体拘束の上訴追することは行きすぎだなどと批判の声が上がりました。この事件の初公判が開かれた平成19年1月には「なんであんなものを起訴したんだ」と検察首脳がつぶやいたとも報じられています(Web東奥・特集/断面2008:http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2008/0820.html)。この事件を機に捜査機関側の医師らに対する刑事責任の追及がより慎重に判断されるようになったといえます。

 検察官に送致されてからも、起訴するか否かは検察官の広範な裁量によります。
 実際に起訴に至る件数は送致件数のうちわずかです。民事訴訟での責任追及と異なり、訴訟提起の段階で大幅に絞りがかけられることになります。

 では、検察官はどのようなことを考慮して起訴不起訴の判断をしているのでしょうか。第1次的には当然有罪の立証の可否が検討されることとなりますが、ある調査によると、東京地検で医療事件を扱っている検察官が最も重視しているのは、

① 患者本人か家族による告発があるか
② 被害の程度、それが甚大であるか
③ 当該医療従事者の行為や怠慢がどれだけひどいものであるか
④ 過失の証拠が明らかであるか
⑤ 当該医療従事者が被害者に補償を提供し、謝罪しているかなどの事項であり、他に関連事項として
⑥ メディアによる扱い
⑦ 医療界内部で専門家倫理違反に対する懲戒が甘いこと
⑧ 訴追がもたらす抑止効果

などとされています(ロバート・B・レフラー『医療事故に対する日米の対応』判例タイムズNo.1133、21頁)。

 刑事責任を追及する場合、民事責任を追及する場合の私人対私人の関係ではなく、刑罰権を発動する国家対医師らという構造になります。そのことから手続きや責任の要件等において様々な違いが生じます。

 まず医療事件にはカルテ等の医療機関側に存在する証拠の収集が欠かせないところ、刑事手続きによると、それらの収集のため捜索差押等の強制手段をとることができます。

 責任追及の要件に関しては、刑事裁判においても民事裁判の場合と同様、過失や因果関係の存否が主要な争点となりますが、その判断基準は異なっています。民事責任に関する判例は、注意義務の基準となるのは「臨床医学の実践における医療水準」とし、その要求される医療水準は「医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべき」「平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致」しないとされています(最判昭57・3・30、最判平7・6・9、最判平8・1・23など)。これに対し、刑事責任に関する裁判例によると、「(責任を負うのは)通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば、おおよそそのような判断はしないはずであるのに、利益に比して危険の大きい医療行為を選択し」た場合(東京地判平13・3・28)、「刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない」(福島地判平20・8・20)などとして、より厳格かつ民事責任に比し行為者の属性や地域等によってばらつきが出ないような基準が設けられているといえます。

 過失の判断に関する裁判例等については、また後日ご紹介します。

弁護士 池田実佐子