最二判平成14年11月8日判時1809号30頁(フェノバール事件)

(1)事案の概要

 精神障害のため昭和61年2月12日から精神病院に入院していた患者は、医師からフェノバール(催眠作用や鎮静作用があるとされる薬剤)の投与を受けました。

 同年3月20日には患者の全身に発疹等の症状がみられるようになったため、医師は投与量を調節しながらフェノバールの投与を継続しましたが患者の発疹等の症状は悪化し4月9日には皮膚の症状がさらに増悪しました。

 ところが、同年4月15日には患者には38℃の発熱や全身が紫はん様を呈するなどの症状がみられたため、患者は他院の医師の診察を受けたところ、フェノバールの副作用を疑われフェノバールの投与は中止された。

 しかし、その後、患者はStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)を原因として失明しました。

 患者に投与されたフェノバールの添付文書(当時)には副作用として「(1)過敏症 ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止すること。(2)皮膚 まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)、Lyell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること。」と記載されていました。

 患者は、入院していた精神病院の開設者である医師らに対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求を求め民事訴訟を提起しました。

(2)裁判所の判断

 この事件の第1審、第2審(原審)は、患者にフェノバールを投与したことと患者がStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)を発症し失明したこととの間に因果関係を認めましたが、医師の過失を否定して患者の請求を棄却しました。

 しかし、最高裁は、以下のように判示し、担当医師にはStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)が発生することを予見し回避すべき義務があったとして、原審判決を破棄し差し戻しました。

「本件においては、3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから、テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い、その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち、過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても、当時の医学的知見において、過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば、本件医師らは、過敏症状の発生を認めたのであるから、十分な経過観察を行い、過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは、本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど、本件症候群の発生を予見、回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。」

「そうすると、本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は、当時の医療上の知見に基づき、本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無、程度、移行を具体的に予見すべき時期、移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し、これらを基礎として、本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。ところが、原審は、本件添付文書の上記各記載の存在を認定しながら、上記(1)記載の医療上の知見があったことを軽視し、上記の点を何ら確定することなく、本件医師らに本件症候群の発症を回避するための本件薬剤の投与中止義務違反等はないものと判断し、本件医師らの過失を否定した。

 したがって、原判決には、本件薬剤の投与についての本件医師らの過失に関する法令の解釈適用を誤った結果、審理不尽の違法があるといわざるを得ず、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は破棄を免れない。そして、本件については、以上の説示に従って過失の有無について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」

(3)ペルカミンS事件(最三判平成8年1月23日民集50巻1号1ページ)との関係

 前回の記事で紹介したいわゆる「ペルカミンS事件」では、医師が添付文書の記載に従わずに医療事故が発生した場合には、添付文書に従わなかったことにつき特段の事情がない限りは医師の過失が推定されると判示しました。

 しかし、フェノバール事件ではペルカミンS事件のように医師の過失を推定するといったことは行われませんでしたが、これは過敏症が発生した場合に投薬の中止を求めるフェノバールの添付文書の記載がStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)の発症を目的とした記載ではないこと、フェノバールの投薬が中止された4月1日まではStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)そのものの症状が現れていなかったためであると考えられています。

弁護士 藤田 大輔